神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

二種類あった星亨らによる秘密出版物『西哲夢物語』(明治20年)ーーキクオ書店から見つけた宮田豊による赤い本の復刻版ーー

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 数年前知恩寺の古本まつりで、キクオ書店の3冊500円台から赤い本を見つけた。『西哲夢物語』(明治20年)の復刻版である。原本でなく復刻版なので迷ったが、買っておいてよかった。限定70部発行で、所蔵する図書館も少ない。復刻版を出した宮田豊先生(大正13年生)は、京都大学法学部助教授から当時京都産業大学法学部教授となっている。
 挟み込まれた「復刻本について」によると、「本書が問題となり「桃色紙事件」と呼ばれたように桃色ないし赤色の表紙であったのでしょうが、出版後八〇年余り経た今日ではもとの色を推定することはできませんので、一応赤い表紙に致しました」とある。「桃色紙事件」については、ネットで読める堅田剛「『西哲夢物語』事件と明治文化研究会ーー憲法制定の裏面史として」『独協法学』74号,平成20年1月参照。星亨が首謀者として発行した秘密出版物だったという。表紙には、書物蔵氏が一時期調査していた「以印刷代謄写」の初期の用語と思われる「附活版換謄写」とある。出版条例違反を逃れるために、表記したのだろう。
 本書の原本は、国会図書館デジコレで見られる。しかし、良く見ると表紙の枠の花柄が異なるし、ノンブルの位置も異なる。国会図書館蔵の表紙の花柄を挙げておく。
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 また、復刻版が141頁なのに対し、同図書館蔵は140頁である。これは、125頁から始まる「原規」の各条文が前者では最大36字、後者が37字のため、後者は2行分少なくなり、前者の2行からなる141頁が無くなるためである。更に前者にある奥付は、後者にはない。もっとも奥付は大きさが1頁分ない紙片で、後者の保存状態も悪そうなので、失われた可能性はある。なお、ジャパンサーチ経由で東京大学法学政治研究科・法学部所蔵の原本(復刻版と同種類の方)がカラー画像で見られる。こちらは、赤色というより桃色に近く見える。
追記:吉野作造は大正10年に『西哲夢物語』の原本を発見するが、関東大震災で焼失。後に別の原本を入手し、校訂を加えて『明治文化全集』に収録。宮田先生による復刻版は、この第二の原本による。吉野の死後、佐々木惣一に遺贈されたものが、佐々木の死後宮田先生に遺贈されたという(堅田伊藤博文明治憲法ーー憲法制定におけるドイツ人の寄与ーー」『明治聖徳記念学会紀要』復刊46号,平成21年11月)。出典が書かれていないが、八木福次郎『古本蘊蓄』(平凡社、平成19年10月)の「『西哲夢物語』」のようだ。
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