神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

ニコニコしてない検閲事務官

安倍基雄『最後の内務大臣 安倍源基の半生』上巻(サンケイ出版、昭和58年5月)によると、安倍源基は、昭和4年7月内務省警務局図書課勤務を命じられ 出版物の検閲を担当。当時の状況を引用すると、

図書課勤務当時のことについて、彼はこう述べている。
『検閲担当の事務官は、私一人であった。宿舎は、内務省のすぐ付近の大手町にあるバラック建で、天井から月光が漏れるような粗末なものであった。私と課長と交代で退庁後といえども待機し、急ぐ書類は夜中でも決裁した。
検閲の事務は、自分の自由時間がほとんどない気苦労の多いもので、あまり有難い仕事ではなかった。当時、私の健康状態も良い方ではなかった。
(略)』
(略)
ある夜、警保局長の宿舎に課長ともども呼びつけられ、なぜ某新聞を発禁処分にしなかったのかと責められ、それ以後、退庁後も課長と交代で、官舎を一歩も出ないこととしたというのだから、検閲される方もたまらないかもしれないが、検閲する方も楽ではない。

安倍は、ニコニコしながら検閲をしていなかったようで、ニコニコできたのは、属クラスの人だろうか。
(参考)「みんなニコニコ検閲し(^-^)」(休日のみ公開)