神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

世界紅卍字会後援会でポルターガイスト現象

昭和14年3月20日及び15年6月5日世界紅卍字会後援会で交霊会が行われていたことは大蔵公望の日記に出ていた*1が、真崎甚三郎の日記にも出ている。

昭和15年10月24日 臼井胤正十一時過に来訪、国家の現状を憂ひ、神祇制に依るの外之を救ふ途なしと考へ、全国の有志者を集め何事か画策しつゝあるが如く予の指導を乞ふ。予は絶対に之を断る。明二十五日霊媒の実験をなすにより予の臨場を乞ふ。予は一応之を承諾しおけり。予は嘗て之を書物にて研究せしことあり、一度実見したき希望ありしを以てなり。 

    10月25日 十七時赤阪[坂]丹後町一紅卍字会に至り、小田、臼井、勝、芹沢氏等と会し、霊媒者大阪より来れる荻原某氏への紹介を受け夕食を共にし、其より出で、西高井戸一ノ一二九小田皓通宅に至る。廿時には高島大佐も来会す。八時半頃より霊媒の実演にかゝる。(略)業者は椅子に縛して手足の自由ならざる如くし(略)十四、五分にして室内に置ける小机及机上の玩具空中に舞ひ上がり、大風の時の如き雨戸の振動悽[凄]く起り、メガホン飛び出し微力なる声にて話しかく。(略)予は初て実験を見しも、予が曽て刑務所内にて読みし英国人著の霊魂不滅の実験書と要領は同様なり。〇時過に帰宅す。
    12月11日 臼井胤正、小田秀人、芹沢真一、十三時に来訪、何の要件ありしや明ならざるも、荒木等と提携し倒閣運動其の他の評ありし為之が偵察の為なりしならん。

注:[ ]は、校訂者による註記。カタカナをひらがなに改めた。

「小田皓通」は2009年11月20日にも言及している。皓通宅とされる「西高井戸一ノ一二九」は、アジア歴史資料センターが所蔵する「世界紅卍字会後援会助成金交付ニ関スル件」で、同後援会の所在地とされる「杉並区西高井戸一丁目一二九番地小田秀人方」と一致するので、小田皓通=小田秀人だったということになる。
「荻(ママ)原某」は萩原真だろう。「臼井胤正」はレイキの臼井甕男だろうか。「芹沢真一」は芹沢光治良の兄である。勝呂奏『評伝芹沢光治良』に「昭和五年十一月三日に発会した心霊研究をする菊花会に芹沢が名前を連ねていたことが、小田秀人の『四次元の不思議−心霊の発見−』(昭和46・2刊)に見える。小田は第一高等学校の先輩で兄の真一と交際があり、芹沢は長く交際を続けることになった」とあるが、『第一高等学校一覧 自大正三年至大正四年』によると、第一部一年三之組英文科に小田が、二年三之組英文科に芹沢真一の名前がある。

(参考)「戦時下世界紅卍字会の暗躍」(2011年5月5日

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「けんかをやめて」と言うべきか。

*1:「戦時下の心霊実験と小田秀人」(2009年10月22日