小野秀雄の『新聞研究五十年』には、
ところが、昭和十二年七月には、第一回洋行の時、イタリアの日本大使館で知り合った矢代重徳君の紹介で私は外務省事務嘱託となった。
外務省情報部長だった天羽英二の日記を見ると、
昭和11年9月19日 昼 小野
賢一郎秀雄ト会食 東京「クラブ」 小野氏 情報部嘱託希望
天羽の日記によれば、小野の方から外務省情報部の嘱託になることを依頼したようだ。
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蟻二郎『フォークナーの小説群』(南雲堂、1966年5月)の著者紹介によると、
本名 三宅二郎
東京外国語大学英文科卒
東京大学大学院英文科修了
第十六次『新思潮』同人
現住所 東京都板橋区向原2−16−1
明治大学講師
「まえがき」で謝辞を述べた相手は、大橋健三郎先生、畏友小野二郎氏、畏友山之内靖氏、親友平野幸仁。
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ジュンク堂書店のPR誌『書標』10月号は「遊女と芸者」特集。
さすが、ジュンク堂。小谷野氏の新著『日本売春史』(新潮選書)にも言及している。本来は、ジュンク堂のホームページでも見られるはずだが、8月号のまま更新されていない。
追記:素早く更新された。→「書標」
小谷野氏の『退屈論』(河出文庫)も出てた。先月から続々と著作が刊行されているね。やはり、「二人分稼がなくっちゃ」というところかしら。