神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

モダン語千夜一夜ーー『若草』新年号別冊附録『若草文芸手帖』に関する一考察ーー

f:id:jyunku:20200603162807j:plain
『図書』平成31年1月号から連載の始まった山室信一「モダン語の地平から」が本年6月号で終了した。第1回には、別表として「モダン語」関係辞典が83冊、その他日中辞典が1冊、雑誌附録が8冊リストアップされている。山室氏は、「モダン語」を1910年代から30年代にかけて使われた「モダン」諸相を表す言葉であるモダン語・現代語・尖端語・新時代語・新意語・新聞語などを総称する言葉として用いている。
「ざっさくプラス」の「詳細検索」で、時期を1910年から1939年に限定して検索すると、「モダン語」は43件、「現代語」は76件、「尖端語」は7件、「新時代語」及び「新意語」はゼロ、「新聞語」は2件である。「モダン語」のグラフを挙げるが、昭和6年~8年がピークとなっている。
f:id:jyunku:20200603163033p:plain
その時期の昭和6年1月に出された文芸雑誌『若草』(宝文館)の新年号附録『若草文藝手帖』が手元にあって、内容は「モダン千語辞典」や「芸術家住所録」等である。これは、山室氏のリストには挙がっていないものだ。写真を挙げておく。この時期の本誌の表紙は竹久夢二が描いていたが、附録の表紙はどうだろうか。どこの図書館にもないと思うのだが、畏るべきことに「ざっさくプラス」に目次が載っている。どこで見つけたのだろう。
さて、この辞典も例えば「ストツキング」が「長い靴下のこと。主として女性の」とあるように定着した外来語が多いので、今となってはモダン味がさっぱり感じられない用語も多い。しかし、山室氏が「モダン語には、事象の表裏を複眼的に穿ち見る眼差しがあり、社会への批判や揶揄そして時に毒気が含まれた」としているように、今なお見るべき用語もある。私が気になった用語を記録しておこう。
・「違憲」や「低徊趣味」が立項されている。後者は「夏目漱石が高唱したもので、人生を余りに堅苦しく解釈せずに、出来るだけのんびりと味はつて行かうとする態度です」とある。大正5年12月の漱石の死から14年経過。どちらもどういう時代背景で「モダン語」になったのか調べたら面白そうだ。
・「の手」は「山の手の略です。尤も少しばかり軽蔑的な意味が含まれてゐます」とある。当時の小説に「の手」が使われていても、「モダン語」と知らないと誤植と思っちゃうね。
・「モデルノロジオ」が立項されている。今和次郎・吉田謙吉『モデルノロヂオ:考現学』(春陽堂)は昭和5年7月刊行。早くも「モダン語」になっていた。『若草』本誌の執筆者だった川端康成が『改造』昭和5年10月号で新刊批評を書いた事を意識したのかもしれない。川端が『浅草紅団』で使った「カジノ・フオーリー」も立項されている。
『若草』については、最近小平麻衣子編『文芸雑誌『若草』:私たちは文芸を愛好している』(翰林書房、平成30年1月)が刊行された。しかし、別冊附録である『若草文芸手帖』にはまったく言及されていない。『若草』本誌は早稲田大学図書館編で雄松堂出版からマイクロフィッシュ版が刊行されているが、本誌のみで附録は収録されていなかったと思う。附録を所蔵する図書館もほとんどないようで、CiNiiではヒットしないものの、昭和女子大学図書館が13巻1号,昭和12年1月の附録『世界文豪伝』を所蔵しているぐらいだろう。これは割と残っているようで、私も持っているし、「日本の古本屋」に2点出ている。『若草文芸手帖』は、おそらく新年号には原則として付いていたはずなので、他の分も見たいものである*1
文藝春秋』の附録については、森洋介「『文藝春秋』附録『文壇ユウモア』解題及び細目ーー雑文・ゴシップの系譜学のためにーー」『日本大学大学院国文学専攻論集』2号があるが、戦前の文芸雑誌等の別冊附録を概観したものはあるだろうか*2
追記:「ざっさくプラス」には、9巻1号,昭和8年1月の別冊新春特別附録『モダン・ポケット秘書(附若草年鑑)』の目次も載っている。

文芸雑誌『若草』—私たちは文芸を愛好している

文芸雑誌『若草』—私たちは文芸を愛好している

  • 発売日: 2002/05/25
  • メディア: 単行本

*1:「グーグルブックス」によると、昭和56年の『図書新聞』に「文芸雑誌の附録『若草文芸手帖』の面白さーー楽しい内容と資料」が載っているようだ。

*2:戦前の全集の附録としての月報に関しては、鈴木宏宗「国立国会図書館にない本 戦前の全集月報附録類」『国立国会図書館月報』令和元年5月がある。