神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

戦前期の京都消毒保健社による古本への消毒済証ーーキクオ書店の前田菊雄が語るーー

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新型コロナ対策で図書館の本への消毒が話題になっている。これに関連して、戦前結核予防として古本が消毒され、消毒済証が裏見返しに貼られた事を思い出した人もいるだろう。私もそのような古本を何冊か持っているので、その内、関根正直校訂『国姓爺合戦・百合若大臣野守鏡』(冨山房、大正15年6月)の写真を挙げておく。平成30年12月萩書房の100円均一台から入手。「フオルムアルデヒード瓦斯体消毒」「京都府令ニ依ル」「16.2(?).21」「消毒済之証」「株式会社京都消毒保健社」が読み取れる。
さて、『京古本や往来』35号(京都古書研究会、昭和62年1月)を見てたら、前田司「聞きがき 「昭和古本販売史」(六)ーー古本消毒令ーー」が載っていた。これによると、結核予防国民運動の一環として、京都府では昭和14年警衛生部より、府令に基づき古本の消毒が命じられた。本来は、その4、5年前に府令は発布されていたが、消毒機関もなく、有名無実の法令であった。しかし、衛生部の職員のOBが消毒会社を設立したので、実施が可能になったという。この消毒会社が京都消毒保健社なのだろう。ところが、当時古書組合の会計部長だったキクオ書店の前田菊雄*1によると、在庫の古書と毎日仕入れた書籍すべて消毒するとなると膨大な費用になるため、現在は京都市立病院となっている五条御前の伝染病隔離病院が患者の衣類を熱気消毒しているので、古書も消毒してもらうことで、府や市に掛け合い、消毒済の証紙を貼ることで結着がついたという。面白いのは、ホルマリンの蒸気消毒をまともに古本にされてはたまらんので、ツブシ(枯紙にしてしまう類の本)を身代わりに消毒してもらい、それに対する証紙をまともな本に貼ったという。確か「京都市衛生課」による消毒済証も見た事があるので、それが病院で消毒されたものなのだろう。
なお、内務省による結核予防国民運動は昭和11年からなので、府令の公布・施行は同年と思われる。いずれにしても、京都では直ぐには消毒が実施されなかったわけで、何事も研究に当たっては制度と運用の違いに注意しなければならない。

*1:『京古本や往来』38号(昭和62年10月)の前田司「聞きがき「昭和古本販売史」(七)ーー古本の価格統制令ーー」に「京都における公定価格委員の唯一人の生存者であった前田菊雄氏に当時の話を聞く予定であったが、昨年末より病の床につかれ今夏亡くなられた」とある。