神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

大正9年大西洋上で日本人に渡されたスエデンボルグ著・鈴木大拙訳『天界と地獄』

昨年善行堂でスエデンボルグ著・鈴木貞太郎(大拙)訳の『天界と地獄』(英国倫敦スエデンボルグ協会、明治43年3月)を購入。善行堂にしては中々いい値段で何やら英文の書き込みもある*1し、講談社文芸文庫から安藤礼二氏の解説付きで刊行されているのでおまけしてほしいところだが、関西人みたいに値切ったりはしないので、言い値で購入。
謎の書き込みは、吉永師匠に相談すると、本書がアメリカのペンシルベニア州ブライン・アタインのAlfred Actonから Kusuichi Onoに「In memory of a pleasant meeting on the Atlantic」として贈られたものであることを示しているらしい。時期の記載はない。本書を贈ったActon(1867-1956)は、アメリカのスウェーデンボルグ派の教会の牧師だそうだ。本書を贈られた小野楠一(?)の方だが、「元図書館員」の書物蔵氏でもありとあらゆる参考図書を駆使してもその正体に到達できないと思われるが、なんとグーグルブックスで検索すると『東洋電機五十年史』(東洋電機製造、昭和44年2月)がヒット。それによると、大正9年4月検査課の技手小野楠一という人物がイギリスのディッカー社に派遣され、アメリカを経由して7月下旬にイギリスに到着している。
また、吉永師匠によると、Actonが属したGeneral churchの年譜にActonが大正9年7月イギリスでの会合に出席したとあるとのこと。これらにより、Kusuichi Onoは東洋電機技手の小野楠一と見てよいだろう。Actonが小野に本書を贈ったのは大西洋上とは限らず、イギリス又はアメリカに上陸後渡した可能性もあるが、船上で渡したと見ておこう。
通常古書への書き込みは古書価にはマイナスだが、古沢和宏『痕跡本のすすめ』(太田出版平成24年1月)で注目されたように本件書き込みのような一つの物語を体現するような書き込みはプラスに働く場合がある*2。個人的にも値段の付けられないほどの価値のある書き込みであった。善行さん、ありがとう。
さて、小野のその後だが、小野と共にイギリスに派遣された鵜飼泰三郎氏の前掲書の「往時の回想」によると、着英直後にひいた風邪がもとで肺疾患にかかったため、大正9年10月帰国の途についた。そして、

(略)帰国を前にして同君は病を押して短期間ながら治工具ゲージ類の設計や使用法などを熱心に調らべて帰ったので、同君は帰社後治工具類などの図面を自ら引いて製作し、その使用法を周知せしめるよう熱心に指導していた。しかしついに病に勝てず一年半余で亡くなったことは誠に遺憾。

前途洋洋とイギリスに渡ったものの、病を得て志半ばで帰国した小野。大西洋を渡る船の中で出会ったアメリカ人の牧師や贈られた一冊の本を病床で思い出すことはあっただろうか。

天界と地獄 (講談社文芸文庫)

天界と地獄 (講談社文芸文庫)

痕跡本のすすめ

痕跡本のすすめ

*1:神保町のキリスト教専門の古書店である友愛書房のラベルも貼られている。

*2:もっとも、真に受けて痕跡本ばかり集めて、後で売る時にトホホとなっても知りません。