神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

新潮社の石原源三、死して『日本文学大辞典』を残す


秋田雨雀の日記に、新潮社の編集者石原源三なる人が出てくる。

昭和10年7月7日 きょう、午後鵠沼の尾崎がきて、新潮社の石原源三君の死を知らせてくれた。東洋大学出の男で日本文学[大]辞典の編纂に従事し、仕事の完成と同時に死んだ。仕事のために倒れたようなものだ。弁天町の家を訪い、弔意を表した。夫人、お母さん、兄さんにあった。

藤村作編『日本文学大辞典』は、昭和7年6月に第1巻刊行、別巻が10年4月に刊行され完結。新潮社の創業者佐藤義亮も石原の死を惜しんでいる(「出版おもいで話」(『出版人の遺文6』所収。「http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/publication/satogiryo.html」の最後の方))。

この石原の経歴だが、『百里句集』(昭和10年12月)の「略伝」によると、

石原源蔵(通称源三)
明治36年11月4日 埼玉県北足立郡
大正15年3月 東洋大学支那哲学東洋文学科卒
    9月 藤村作の紹介で新潮社に入社、『日本文学講座』の編輯に当たる。
昭和3年 あい子と結婚
  9年9月 「ひとのみち」に入教
  10年7月5日 没

未亡人あい子(明治38年5月生)は、織田一磨の長女だったという。

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大逆事件100年カレンダーについては、「三月記(仮題)」(http://3gatsu.seesaa.net/article/136540940.html#trackback)で見て記憶に残っていたのだが、『一冊の本』2月号の「ヴィジュアル本を楽しむ」でも上野昴志氏が、紹介している。黒岩さんの部屋にもあるのかなあと思っていたら、ブログで紹介されていて、ビックリ。シンクロニシティかしら。


畏友の誰ぞが忙しい中、調査していてくれて感激。感謝だす。