オッサンばかりのトンデモ世界の住民。それでもわずかに女性がいる。
キリスト日本渡来説にはまった山根菊子(本名キク)もその一人。
彼女の経歴は興味深い。『日本女性人名辞典 普及版』によると、
明治26.6.1〜没年不詳*1 明治・大正期のジャーナリスト。山口県に生まれる。萩修善女学校を卒業後、横浜共立女子神学校、東京桜井女塾に学んだ。昭和四年(一九二九)に万朝報に入社*2、婦人部長をつとめたのち、日本と世界社社長になり、貧民救済伝道事業雑誌『民衆公論』『女性時代』を創刊した。『光[ママ]は東方より』などの著作がある。
彼女が萩を出るきっかけとなったのは『婦人世界』との出会いであったという*3。
丁度十七歳の時であつた、婦人世界に載つてゐた記事をみて、早速その記事中の人物に手紙を出し始めた、その人は米国婦人で、エステラ・フィンチといつて、日本へ帰化して星田光代と呼ばれてゐた
大正4年に横浜共立女子神学校を卒業した山根。東京都庭園美術館で丁度「大正シック」展が本日から開催されている(7月1日まで)。