
今朝のNHKラジオ「著者からの手紙」に『伝説の出版社博文館』(筑摩書房、令和8年3月)の著者堀啓子氏が出ていた。聞き逃し配信は、「プレーヤー | NHK ONE らじる★らじる」。同書を見てみると、25・26頁に後に博文館を創業する大橋佐平が長岡で創刊した『北越雑誌』と東京の製紙分社が創刊した『潁才新誌』が対比されていた。
後者の『潁才新誌』については、『近代出版研究』第5号(皓星社発売、令和8年4月)に「東の『潁才新誌』と西の『明進新誌』ー明治期投稿雑誌の周辺」を寄稿したところである。明治10年3月に創刊された『潁才新誌』に続き同年11月京都で創刊された『明進新誌』に注目したものです。具体的には、京都府画学校北宗の生徒で後に中退して幸野楳嶺の画塾に移る鵜飼豊三郎(号雅山)が同誌復刊第1号(明治13年11月)に絵を投稿していたことに注目しました。
拙稿では、『潁才新誌』に関する先行研究として、前田愛、弥吉菅一、齋籐希史、今田絵里香各先生のほか、国文学研究資料館編『文体史零年:文例集が映す近代文学のスタイル』(文学通信、令和7年3月)の倉田容子「「同胞姉妹に告ぐ」と『潁才新誌』ーー一八八〇年代前半における政治とジェンダーをめぐる表現史の水脈」を挙げました。これについて、稲岡先生から上笙一郎が挙がってなかったねと指摘をいただきました。これはその通りで、『潁才新誌』の復刻版(不二出版)の上「『潁才新誌』解説ーー日本近代化の揺籃として」は勿論読んではいましたが、挙げるのを失念していました。