
資料館の展示で驚いたのは、金野が工繊大の前身の一つ京都高等工芸学校図案科に入学後に正門前へ開店した古書店ワキヤ書房*1に通っていたことである。パネルや展示されていた『碑:脇清吉の人と生活』(脇清吉の碑をつくる会、昭和42年9月)の金野「脇さんと初めて会ったころ」にその旨記載があった。『碑』は読んだはずだが、これまた記憶に無かった。困ったものである。
また、脇と今竹七郎の推薦で金野は『プレスアルト』の編集を行ったとも展示にあった。これは、復刻版(柏書房)で調べてみると第25号(プレスアルト研究会、昭和14年3月)に「編輯は金野弘(大阪ウエムラ研造社・圖案部)」とある。同誌については、「大阪古書会館で脇清吉の『プレスアルト』77号(プレスアルト会、昭和24年)を - 神保町系オタオタ日記」参照。
今回の展示は、学生時代、大阪髙島屋宣伝部時代の作品や戦後の国鉄、関西汽船の観光ポスターであった。金野の日記がどこかに残っていれば読んでみたいものである。
*1:金野弘は、「脇さんと初めて会ったころ」『碑:脇清吉の人と生活』で「ワキヤ書店」と誤記しているが、ワキヤ書房が正しい。