神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

戦前期の京都にあった「現代」の付かない風俗研究会


 八木透先生古稀記念論集刊行会編『いまを生きる民俗学民俗学文化財・博物館』(昭和堂、令和7年6月)第1部第3章は、内田忠賢「民俗学と風俗学、そして現代風俗研究会」。同論文によると、現代風俗研究会(略称「現風研」)は、昭和51年創立で京都を中心に世相、流行について共同研究を行う市民団体である。そして、

 繰り返すが、風俗学の先達は今和次郎であり、そして彼の教え子、吉田謙吉であると位置付けられる。現風研の会誌『現代風俗』には、風俗学の先達として、今・吉田の考現学に関し、疋田正博による詳細な紹介がある(疋田 一九八六*1。発足直後の現風研での研究報告や会誌『現代風俗』記事を読むと、明らかにその系譜を意識している。

 風俗研究というと思い出すのは、「『風俗研究』138号(風俗研究所、昭和6年11月)で見る風俗研究会の二十年 - 神保町系オタオタ日記」などで言及した江馬務主宰の風俗研究会である。明治44年11月に創立され、機関誌『風俗研究』(大正5年3月創刊)を発行し、時代扮装会、風俗劇、講演会、展覧会など幅広い活動を行った。
 この会の一覧『風俗研究会一覧・風俗研究所一覧 附耽奇会一覧』(風俗研究会、昭和7年3月)を先月四天王寺秋の大古本祭りでCosyoCosyoの3冊500円台から掘り出した。26頁非売品の小冊子。所蔵する図書館は皆無か。『江馬務著作集』別巻(中央公論社、昭和57年2月)の詳細な年譜にも記載はない。
 口絵に役員の写真が載っていて、「昭和24年『山鉾大鑑』のノートを残して消えた風俗研究会幹事の若原史明 - 神保町系オタオタ日記」で言及した幹事若原史明のもあった。

 もちろん、ヲガクズさん推しの大阪幹事南木芳太郎(号萍水)のもある。
 
 現代風俗研究会を創立した桑原武夫鶴見俊輔多田道太郎らは京都に風俗研究会があったことは知ってはいただろうが、「風俗研究会」の前に「現代」を付けるに際して特に意識はしなかったのだろう。

 

*1:疋田正博「今和次郎・吉田謙吉の「モデルノロヂオ」」『現代風俗‘86』(昭和61年)