
古本市や骨董市で地券を見かけることがある。土地の所有者が著名人ならまだしも無名の人の地券なんか売れるのかなあと思っていた。ところが、地方史研究協議会編『日本の歴史を原点から探る:地域資料との出会い』(文学通信、令和2年10月)の牛米努「壬申地券からみる地租改正」によると、明治5年(壬申)の法令により発行された壬申地券のうち特に市街地券*1については改正地券に書き換えられた際に廃棄され確認できる数が少ないという。更に京都府など一部の府県では市街地券発行に際して家券も発行されたという。貴重な地券や家券が存在することになる。
牛米論文によると、明治5年1月に地券発行に関する租税寮達が発出された。内容は、「東京府に沽券税を発行(実施)することになった。ついては、各府県の地子免許の土地にも適用していくので、充分調査しておくように」というものであった。更に、『資料館紀要』17号(京都府立総合資料館、平成元年3月)の竹林忠男「京都府における地租改正ならびに地籍編纂事業(上)」によると、市街地券制度は東京を皮切りに京都、大阪、開港場、城下町など全国の地子免除地にも漸次実施されることになり、京都府に対しては明治5年3月に租税寮から達が発出された。
さて、この調査に係る書類と思われるものが、先日の知恩寺秋の古本まつりでキクオ書店の和本440円均一台に出ていた。この一見クズ和本の山に見えて実は宝の山からは林哲夫氏を始め何人も掘り出し物を見つけているようだ。
掘り出した文書の表紙は、冒頭に挙げた写真である。「明治五年四月/券状取調書第二/縄手三條下ル/五軒町」のほか、朱書きで「四号/附属」とある。続いて「下京第七区縄手通三條下ル五軒町」の土地について、表口・裏行の長さ、所有者名、坪数が書かれている。末尾には、総坪数及び1坪に付き1円とした総代金が記載され、署名は「壬申六月」付けで戸長の浅田某と五人頭の松尾某である。通常表紙の日付は添付書類の日付より後になると思われるが、そうなっていない理由は不明である。いずれにしても、京都府立京都学・歴彩館*2や京都市歴史資料館にも類似の文書が無さそうで、掘り出した甲斐がありそうだ。今後は古本市や骨董市で五軒町の市街地券や家券が埋もれていないか気を付けておこう。