
平安蚤の市で@pieinthesky氏から『猶太禍の将来と国民の覚醒:講演21』(細辻商店、大正13年8月)を購入。「永楽屋細辻伊兵衛商店が発行していた講演集に江馬務ー細辻伊兵衛美術館では「ダンス、ダンス、ダンス!」展ー - 神保町系オタオタ日記」で言及した細辻伊兵衞商店で開催された講演の講演録シリーズの1冊である。昨年の天神さんの古本まつりで厚生書店が多数出品していた時に買い逃した物だろう。よくある反ユダヤ主義の本かと思って買わなかったのかな。今回は執筆者を見たら「浄土宗総本山知恩院常任布教師 井上隆森」とあって、仏教者による反ユダヤ主義本は珍しいと買ってみた。
井上は、井上泰堂編『現代仏教家人名辞典』(現代仏教家人名辞典刊行会、大正6年8月)によると、木津町浄土宗正覚寺住職。明治10年大和国添上郡生、京都教校に学び、知恩院布教講習所に入り研鑽。現に総本山門末会議員とある。本書は、宮澤正典編『日本におけるユダヤ・イスラエル論議文献目録1877~1988』(新泉社、平成2年6月)に記載なし。『日本におけるユダヤ・イスラエル論議文献目録1989~2004』(昭和堂、平成17年12月)で追加された明治30年~昭和63年分727点にも含まれていない。その点で貴重な文献だろう。
本書が刊行された時期の反ユダヤ主義文献の状況を前掲宮澤著から見てみよう。

北上梅石『猶太禍』(内外書房、大正12年10月)を始め、酒井勝軍『猶太民族の大陰謀』(内外書房、大正13年3月)や包荒子『世界革命之裏面』(二酉社、同年12月)などが刊行されていた時期である。この時期は宮澤『近代日本のユダヤ論議』(思文閣出版、平成27年12月)で分類された全4期のうち第1期(大正中期~昭和初期)に当たる*1。同書13頁によれば、この期の主流は次のようなものであった。
(略)シベリア出兵(一九一八~二二年)の失敗も衝撃であった。この失敗を弁明する一手段とされたのが『シオン長老議定書』であった。出兵にかかわった連中がそれを持ち帰って秘密めかしながら、じつは宣伝し、彼らこそが日本における反ユダヤイデオローグの始祖たちとなった。軍人では陸軍の安江仙弘(包荒子)、四天王延孝*2(藤原信孝)、海軍の犬塚惟重(宇都宮希洋)、その他樋口艶之助(北上梅石)、酒井勝軍、若宮卯之助らがいる。彼らによれば、ロシア革命はユダヤの世界征服運動であることが判明した。(略)普通選挙、女権運動、労働争議、共和思想などはユダヤによる国内撹乱策であり、今まさに危機にさらされていると訴えたのであった。
井上の反ユダヤ論に注目すべき点はないが、次の一節に驚いた。
(略)日本民族は天孫民族、出雲民族と其祖先の上に分類はされる様ですが、斯道の深き研究家の説に従へば、「ヒット民族*3」三千五百年以前の正しき歴史を持つもので、
バビロンの文明を採り、エヂプト大帝国に対抗し、西方ギリシヤ人と接触して、バビロン文明を伝へた、大民族であつて、「日本民族の歴史は実に世界最古のもので、世界の善美は悉く日本民族に起原を有す」、斯る神聖、尊厳なる国土に養はれ来つた、万世一系の皇統を奉じて居る。
これは、木村鷹太郎『世界的研究に基づける日本太古史 上・下』(博文館、明治44年4月・45年4月)かな。キムタカの影響力大ですね。
仏教者による反ユダヤ論としては、他にブライアン・アンドレー・ヴィクトリア著、エイミー・ルイーズ・ツジモト訳『新装版 禅と戦争:禅仏教の戦争協力』(えにし書房、平成27年12月)248・249頁に挙がる安谷量衡(白雲)『道元禅師と修証義』(富士書房、昭和18年2月)のユダヤ人排斥論がある。近代仏教者による反ユダヤ主義についても、今後注目すべき課題であろう。
参考:「プロトコールはトンデモだと昇曙夢言い - 神保町系オタオタ日記」