神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

土俗研究者にして日本学術探検協会理事長の三吉朋十もチャーチワードのムー大陸に騙された。そして、三島由紀夫も?ーー森谷裕美子「三吉朋十と土俗学」への補足ーー

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 平成8年6月『歴史を変えた偽書:大事件影響与えた裏文書たち』(ジャパン・ミックス)が刊行された。ここに掲載された藤野七穂偽史と野望の陥没大陸“ムー大陸”の伝播と日本的受容」には戦前ムー大陸に言及した未知の文献が多く引用されていて、感心したものであった。その後私も藤野著に記載されていない文献をかなり見つけている。詳しくは、「日本におけるムー大陸受容史ーー「日本オカルティズム史講座」第4回への補足ーー - 神保町系オタオタ日記」参照。今回新たに海軍有終会編『太平洋二千六百年史』(海防義会、昭和15年9月)の第2第4章第5節「熱帯太平洋諸群島」中に発見した。

 地理学者の説によると、太古熱帯太平洋上に、世界の半分を支配したのであらうと思はれるやうな文化を持つた大帝国があつたが、海底の大噴火に伴ふ陸地陥没のために此の大陸は忽然と滅裂して、其所に住んで居た幾千万の人々は悉く滅亡してしまつたが、唯だ当時文化があつたことを想像し得らるべき巨石文化がポナペ、パラオ、マルデン、イースター島などに、今尚ほ存在して居て其の当時の関係を知り得るのみである。この大陸をゼームス・チヤーチワードはMU大陸と名づけて居る。

 この部分の執筆を担当したのは、南洋経済研究所嘱託の三吉朋十であった。三吉については、ネットで読める森谷裕美子「三吉朋十と土俗学」『九州産業大学国際文化学部紀要』70号、平成30年に経歴・著作一覧が出ているので、詳しくはそれをみられたい。なお、上記著作は一覧に挙がっていない。三吉は、明治15年生まれで、札幌農学校中退後、南洋協会嘱託、台湾総督府嘱託等を務め、南洋の土俗等に関する著作が多い。
 森谷論文に補足すれば、三吉香馬名義でも著作がある。「国会図書館サーチ」で3件ヒットするほか、「ざっさくプラス」によると『南洋』に「南洋奇聞」を連載している。「香馬」が別名であることは、『現代出版文化人総覧昭和十八年版』(協同出版社、昭和18年2月)の「現代執筆家一覧」に出ていた。この一覧によれば、日印協会、比律賓協会、インドネシア協会、東京人類学会、南洋協会、東洋協会に所属し、日本学術探検協会理事長*1であった。研究者の諸君は、昭和戦前期の著述家で経歴不詳の人物がいた場合、本書を見た方がよいだろう。
 三吉の文中の「地理学者」は不明だが、「セルパン・皇国地政学・ムー大陸 - 神保町系オタオタ日記」で言及したように京都帝国大学文学部史学科教授で地理学者の小牧実繁が『セルパン』昭和18年2月号でムー大陸に言及している。ムー大陸に騙された地理学者がいるように、土俗研究者三吉もムー大陸を信じてしまったようだ。
 そして、最近「日本の古本屋」に三島由紀夫旧蔵のムー大陸本(大陸書房)が出品されていることが判明した*2。三島もまた騙されたのだろうか?
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*1:原文は「日本探検協会理事長」

*2:2冊出ていたが、売り切れている。