神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

「喫茶店のリストの本」としての林哲夫『喫茶店の時代』(ちくま文庫)

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 6月にある人の蔵書処分に参加させていただいた。ありがとうございます。3月の時とは違い、所蔵者本人による処分なのでしばしば解説付きだったのも面白かった。遠慮して数冊に留めたが、そのうちの1冊を紹介しよう。三木正之『ドイツ詩回想・高知』(三木正之、平成元年6月)である。ドイツ詩には関心はないが、「序」に高知の喫茶店に関する記述があったので、いただくことにした。

 40余年前の、高知は堀詰であります。厳密にはその傍の細い路地を入った左手の、薄暗い喫茶店であります。(略)その店は、緑色に塗られておりまして、「マロニエ」という名前でありました。(略)三年生の方でしたが、一見それと分かる幾分ニヒルな風貌の文学青年でありましょう。そして店のマダムとはごく親しいひとのようでした。傍に蓄音機がありまして、それには黒いマントが被せてありました。そして微かに物悲しいシャンソンと手風琴の伴走とが聞こえているのであります。当時はそれが外部へ漏れると取り締まりが喧しかったわけでして、この二人は物も言わずうっとりとして、この禁制の調べを密かに楽しんでいるのでした。(略)その秋、文科生には徴兵延期が許されなくなり、学徒出陣となったのであります。(略)

 三木氏は、『ドイツ詩再考』(南総社、平成22年2月)によれば、大正15年大阪生、京大文学部独文科卒、神戸大学名誉教授である。これに補足すると、旧制高知高等学校卒、昭和25年京大卒である。
 三木氏が思い出を語る高知の喫茶店マロニエ。喫茶店のことを調べるなら、これ。4月ちくま文庫から刊行された林哲夫『喫茶店の時代』である。人名索引と店名索引があるので、「喫茶店のリストの本」として、調べ物にはとても便利である。残念ながら、マロニエは載っていなかった。しかし、平成14年刊行の編集工房ノア版から増補されていて、なんと拙ブログが出てきた。「斎藤光論文に本郷カフェー登場 - 神保町系オタオタ日記」で言及した斎藤光論文の紹介に続けて、

(略)はてなブログの「神保町系オタオタ日記」では「寺田寅彦日記」の他に『井泉水日記青春篇』(筑摩書房、二〇〇三年)にも明治三五年(一九〇二)「本郷カフエー」「新井カフエー」の記載があり、また、すでに「コヒー店」を名乗る店舗が少なくなかったことが指摘されている。(略)

 これは、拙ブログの「日本喫茶店史の重要史料『井泉水日記青春篇』(筑摩書房) - 神保町系オタオタ日記」のことである。ありがとうございます。ちなみに、実は斎藤先生は学生時代の知り合いである。来月『幻の「カフェー」時代 夜の京都のモダニズム』(淡交社)を刊行されるようで、楽しみにしてます。
 念のため言っておくと、『喫茶店の時代』は事典ではなく、喫茶店文化史あるいは喫茶店を舞台とした日本文壇史としても読める読み物である。私も「カフェー」のカテゴリーを作ってカフェや喫茶店についてブログに書いてきたが、同書に書かれていない店を見つけてやろうと始めた気がする。とうとう本家の本に拙ブログが登場することになり、感慨深い。
 私が「喫茶店のリストの本」として使った『喫茶店の時代』の文庫版を出した林画伯。続いて、『本のリストの本』(創元社)の執筆者の一人として、「画家が読んだ本のリスト」、「漱石が英語を学び、教えた教科書のリスト」、「私が集めた漢詩集のリスト」等を書いておられる。こちらもお薦めである。