神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

栗田英彦・塚田穂高・吉永進一『近現代日本の民間精神療法』(国書刊行会)へ若干の補足

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栗田英彦・塚田穂高吉永進一『近現代日本の民間精神療法 不可視なエネルギーの諸相』(国書刊行会。以下「本書」という)を御恵投いただきました。ありがとうございます。井村宏次先生の「近代日本異端医療の系譜ーー維新以後の霊術家の饗宴」が『迷宮』3号(迷宮編集室、昭和55年7月)に掲載されて39年、『霊術家の饗宴』(心交社、昭和59年1月)*1が刊行されてからは35年。ようやくと言っていいだろうが、戦前期日本における霊術・精神療法に関する多面的・体系的・国際的な研究がまとまった。私も天下茶屋にあった井村先生の研究所に何度か行ったことがあるが、井村先生が生きておられたら、本書の刊行をどれだけ喜ばれたことだろう。
リサーチマップの「研究キーワード」で本書のタイトルにも使われている「民間精神療法」を検索すると、吉永氏の他には兵藤晶子氏しかヒットしない。まだまだ定着していない用語のようだ。ちなみに、「霊術」はゼロ(^_^;)「精神療法」では、栗田氏を含め62人。もっとも、単に「精神療法」というと霊術とほぼ同義語である戦前の「精神療法」と、現在使われている精神医学上の用語としての「精神療法」があり、62人には両者の研究者が混在していることになる。本書により「民間精神療法」の研究が一層進展することを祈念しております。
さて、本書について、鎌田東二氏の書評が『仏教タイムス』令和元年10月17・24日合併号に掲載された。鎌田氏のような今後の研究方向を示唆するような大局的な書評は私には書けないが、摘まみ食いして細部の補足はできそうだ。
鎌田氏は「近代科学とオカルトとの間をつないだ「変態(変体)心理学」の展開との関係や教育界への影響も興味深い問題点であろう」としている。本書には、注意術(催眠術)の村上辰午郎と『変態心理』の中村古峡との関係について、中村が村上の技量を第一人者と評価していたこと(329頁)や中村が村上に催眠術を学び心理療法を始めたこと(367頁)は書かれている。鎌田氏はこれ以外にどういう事を示唆しておられるのだろうか。ところで、本書では村上の生没年を不詳としているが、「セセッション式流行の大正初期に発行された村上辰午郎の『大正婦女社会』 - 神保町系オタオタ日記」で私が明らかにしたところである。また、村上の催眠術普及運動に言及した一柳廣孝『催眠術の日本近代』(青弓社、平成9年11月)も触れていないが、村上は『大正婦女社会』(大正婦女社会)という婦人雑誌を発行していた。『主婦之友』の心霊記事は著名だが、婦人雑誌と民間精神療法の関係も重要なテーマだろう。中村の村上への入門については、曾根博義中村古峡の履歴」『新編中原中也全集』別巻下(角川書店、平成16年11月)から引用しておこう。

日記とは別に「接神術治療日誌第一巻自大正四年/至大正六年」なる手帖も残っていて、その冒頭には次の記述がある。
 大正四年十月十日文学士村上辰午郎氏ノ門ニ入リ一週間ニテ村上式注意術ノ教授ヲ受ク。
  第一日ハ催眠術ノ歴史
  第二日ハ暗示及在来ノ催眠法
  第三日ハ村上式催眠法及其学習
  第四日ハ実験(プランセツト)
  第五日ハ同ジク実験実習
  第六日ハ仝上
  第七日ハ治療矯癖法二三、
講義はあっけなく終ってあまり感銘もなかったというが、三日目の夜、早速妻にやってみて効果をあげてから病みつきになり、周りの人たちに次々に施術を試みる一方、村上辰午郎、福来友吉、その他の催眠に関する著書を読破して施術者としての自信を得る。
日本精神医学会の設立はそのような催眠術者としての自信の上に立って構想されたもの(略)

本書を読んでいると、あれこれ刺激を受けたので、今後も細部の補足をしてみよう。

*1:旧版を手放してしまって、写真は新版