神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

善行堂でロセッティが愛を詠う

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少し前に善行堂で小原無絃訳の『ロセッチの詩』(昌平堂川岡書店、明治38年10月)をゲット。「日本の古本屋」では、あきつ書店が38,880円を付けている。画家としてのロセッティは知ってるが、詩人としてのロセッティについては『D.G.ロセッティ作品集』(岩波文庫)が出てたなあと思うくらいである。やや色っぽい表紙と小原の訳なので購入。裏表紙の昌平堂のロゴマークも蜘蛛で面白い。
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小原無絃(本名・要逸)は、歌人原阿佐緒の最初の「夫」。秋山佐和子『原阿佐緒 うつし夜に女と生れて』(ミネルヴァ書房平成24年4月)によれば、

日本女子美術学校には、もう一人、阿佐緒に人生に大きな影響を与えた英語と美術史の教師小原要逸がいた。小原は明治十二(一八七九)年、山口県に生まれ東京帝国大学を卒業した文学士で、明治三十四(一九〇一)年にはすでに結婚をしていた。阿佐緒より十一歳年上の、痩身でカイゼル髭のよく似合うハンサムな教師は、小原無絃の筆名で「明星」に加わり外国の詩集の翻訳書を多く刊行していた。

これに付け加えれば、明治33年7月山口高等学校の大学予科文科英文学科志望を卒業。同期に若月保治。37年7月東京帝国大学文科大学国文学科卒。同期に厨川千江(本名・肇)。
小原訳の「三つのかげ」を引用しよう。

たび人が森の木蔭の
泉をば見入るがごとく、
汝が髪のかげに匂へる
汝が眼(まみ)を見入りて言ひぬ、
『あはれ、そのしづけき蔭に、
たゞひとり立ち去りかねて、
深く掬み、夢に入るとも、
わがよはき心は痛む。』

かねほりが水の底なる
黄金をば見入るがごとく、
汝が眼(まみ)のかげに匂へる
み心を見入りて言ひぬ、
『あはれ、その不朽の獲もの、
無くば、生(よ)を寒う、『天(あめ)』をば
空虚(うつろ)なる夢とすべきも、
藝術(たくみ)をばなど羸ち得んや。』

海士の子が海の底なる
真珠をば見入るがごとく、
み心のかげに匂へる
汝が愛を見入りてわれは
息吹にもまがふばかりの
低き音に囁きつるよ、
『あゝ忠実(まめ)の少女よ、愛(め)でよ、
汝れはそもわれを愛づるや。』

原は明治37年に日本女子美術学校に入学、39年には小原との恋愛問題のため退学。いつからできていたのか不明だが、小原はロセッティの詩を訳しながら、原のことを想っていたのだろう。

D.G.ロセッティ作品集 (岩波文庫)

D.G.ロセッティ作品集 (岩波文庫)