神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

トンカ書店から『ふるほん西三河集成』を

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平成27年夏の神戸さんちかの古本まつりでトンカ書店から『ふるほん西三河集成』(西三河古書籍商組合ぐるーぷ西三河、平成7年8月)を購入。目録『ふるほん西三河』の1号(昭和57年)から50号(平成7年2月)までのうち、巻頭の文章の頁だけの合冊版である。トンカ書店のラベルが貼ってあったが、その後移転して店名も「花森書林」に変わったので、貴重なラベルになった。
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目録の実物は某古書店の好意で開催された50円均一祭で見たことがある。確か森さんが買った。1号の「発刊にあたって」によれば、

西三河の古本業者は、近年数を増して約三十名。各々個性のある営業を続けていますが、一歩を進め力をあわせてこの目録を発行する運びとなりました。(略)

季刊。古書店の店頭で無料配布したり、送料を払えば郵送にも応じた。
写真で目次をあげておこう。
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注目すべきは、森三郎「若き日の兄銑三の思い出」という3回に渡る連載(昭和60年5月~61年2月)である。三郎は銑三の弟。柳田守『森銑三 書を読む“野武士”』(リブロポート、平成6年10月)の参考文献にはあがっていないので、同書に記載のない事項を幾つか引用しておこう。

(略)大道社で知り合った親友の、のちの早大教授の英文学者萩原恭平氏の世話で、群馬県の高崎へ都おちすることになる。(略)

「高崎へ都おち」とは、大正9年大道社を退社し、高崎市南小学校の代用教員になったことを指す。

(略)兄の大道社か高崎時代かに、廃刊になった「学生」のかつての投書家の目ぼしい人たちが同人雑誌を始めることになり、その創刊号に兄も短いものを書いた。創刊号しか出ないでしまったのであるが、戦争中に柴田宵曲氏がそれを古書店で見つけ出して求められた。確か「力」というのではなかったであろうか。(略)

本誌は国会図書館が12号から85号(終刊号、平成16年2月)まで所蔵している。12号はまさしく「若き日の兄銑三の思い出」の連載が開始された号である。この連載を知って納本を依頼したのかもしれない。
(参考)森銑三の弟次郎については、「竹岡書店の均一台で拾った森銑三が亡き弟次郎に捧げた『鈴木為蝶軒』」参照