神保町系オタオタ日記

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福建省独立を画策した角田清彦の経歴

内藤順太郎と共に福建省独立工作に携わった角田清彦の経歴については、「剣山に隠されたソロモン王の秘宝をめぐる怪しい人達(その2)」(2007年4月5日)で少し触れたことがある。より詳しい経歴が『国家主義系団体員の経歴調査(一)』(『思想資料パンフレット特輯第二四号』。司法省刑事局、昭和16年4月)にある。

角田清彦
生年月日:明治32年1月8日
出生地:熊本県菊池郡西合志村大字上
学歴:大正4年明治大学卒、後外国語学校独語科卒。尚昭和11年頃より考古学の研究を為す
職業経歴:昭和8年以来内藤順太郎に従い、数回に渡り台湾及び支那福建省渡航し、何事か画策する所あり。11年12月3日松永材、赤松克麿津久井龍雄らと維新制度研究会を結成、幹事長となる。12年以来支那に在りて軍特務機関として活動したるもの如く、後同年十二月以来北京所在の新民報社長武田南陽の斡旋により同社長の秘書兼論説記者となり、翌13年10月帰京、東京所在の新民報支社に転勤して現在に至る。
運動経歴:夙に思想運動に従事し、大正7年結成の老荘(ママ)会に其の名を連ね(略)昭和12年9月内藤と共に台湾に於て青年義勇軍を結成して、南支其の他の治安維持に当らしめんとして、同地に渡りて画策せるも不成功に終れり。
関係団体:更始一心会(会長)、維新制度研究会(幹事長、常任委員)、興亜青年連盟(世話人
親交関係:内藤順太郎、松永材、影山知二

また、角田については、福家崇洋『戦間期日本の社会思想』の「角田清彦と『大眼目』」でも言及されている。大正8年11月創立の純労会の会員で『大眼目』の著者。同書は大正9年12年民衆食堂刊行で、「民衆食堂」とは、純労会会員の小笠原元守が神田今川小路俎橋花園の横丁で営む一膳飯屋だという。しかし、角田が剣山でソロモン王の秘宝を探していたとは書いてないなあ(2007年4月4日参照)。

戦間期日本の社会思想―「超国家」へのフロンティア

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