神保町系オタオタ日記

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三木清も住んだ本郷館も解体へ

読売新聞東京版連載の「森まゆみのむかしまち散歩」21日分は、「本郷館(文京区本郷6丁目)」だった。

そして明治38年本郷館ができ、翌年、徳田秋声がその近くに越して昭和18年に亡くなるまで住みました。明治41年には石川啄木金田一京助の誘いで隣町の赤心館から蓋平館別荘に住み、そこには明治43年内田百輭も越してきました。

この他に本郷館に住んだ人として、武藤清(霞が関ビルの設計者)、映画評論家の佐々木能理男、小説家の島田清次郎などをあげている。また、林芙美子がここにいた男に恋をして転がり込んだというが、本当だろうか、と書いている。

本郷館に一時期住んでいた三木清」(2007年4月28日)で言及したが、小島威彦によると、三木清も住んだことがあるようだ。いよいよ取り壊されるということだが、まことに惜しい建物である。