神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

雑司ヶ谷の怪人佐藤耶蘇基

戦時下における雑司ヶ谷の怪人について2010年6月20日に書いたが、大正期の怪人を一人発見した。野口存彌『沖野岩三郎』に、

佐藤耶蘇基に関しては加藤一夫『穴仙人の手記』(大正十四年刊)*1に描かれているが、『新公論』大正八年九月号に掲載された月岡かをる「土窟に潜む予言者」も参考文献として逸し難い。
佐藤耶蘇基は明治十九年に徳島県に生まれている。生い立ちそのものにもなんらかの事情があった模様で、青年期には一時、修行僧の生活に入っている。山を下りた時、たまたま出会ったのが特異な宗教活動で知られる宮崎虎之助で、さっそく宮崎の門下に投じた。(略)
大正八年当時、雑司ケ谷鬼子母神の奥の荒地の崖下の洞窟を「霊冶窟」と命名し、住処とした。

「霊冶」はおそらく、「霊活」の誤植ではないかと思われる。大正期、鬼子母神そばの洞窟に籠もっていた奇人がいたのだね。現在のどのあたりだろう。

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阪神淡路大震災直後の『ぴあ』の関西版、首都圏版ともに、表紙が黒一色だったのを思い出す。おそらく意識的にしたのだろう。関西版のイベント欄は、軒並み休止の表示だった。

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村井弦斎ゆかりの「おとわ亭」の経営者だった成田むつのひ孫の方から、コメントをいただきました。黒岩比佐子さんも天国で驚いてくれているかしら。→2010年12月23日

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今月下旬に小谷野敦『名前とは何か なぜ羽柴筑前守は筑前と関係がないのか』(青土社)が出るようだ。青土社から猫猫本が出るのは久し振りだ。

名前とは何か なぜ羽柴筑前守は筑前と関係がないのか

名前とは何か なぜ羽柴筑前守は筑前と関係がないのか