苅部直「変わらない風景」*1は、神保町の古書店街のはずれにあった珈琲屋「きゃんどる」について、次のように書いている。
この店に通うようになってからしばらくして、この店が、戦後文学の出発を支えた『近代文学』の同人たちや、石川淳などの作家が集った場所であり、植草甚一もまた晩年まで、神保町通いの折に立ちよっていたことを知った。
確かに、植草は『植草甚一コラージュ日記』1976年6月5日の条に、神保町の泰文社に寄った後、「キャンドル」でコーヒーを飲んだと書いている。この「きゃんどる」は、『私の見てきた古本界70年 八木福次郎さん聞き書き』(スムース文庫、2004年2月)によると、
八木 この店は昭和八年の創業ですが、十三、四年頃から通っています。あそこの親父さんは武富達也さんという方ですが、たしか佐賀の出身です。最初はその上のお姉さんがやってたんじゃないかな。そのあとその妹さんがやって、そのあと武富さんになったと思います。「きゃんどる」の本は二冊出ていますが、それに僕も書かされました。亡くなったあとは、奥さんが一人でやっていました。
南陀楼(綾繁) そのあと、いったん店を閉めて、いまは新しく建った開発ビルで再開していますね。
八木 それが武富さんの息子さんなんだ。(略)
とある。二冊の「きゃんどる」の本とは、一冊は武富達也『茶房きゃんどるの50年』(いなほ書房)*2のようだが、もう一冊はナンダロウ。