神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

そのとき谷崎潤一郎はスウェーデンボルグに開眼した

大正4年6月、ある雑誌に山村暮鳥の「曼陀羅解」が載った。これは、フィランジ・ダーサのSwedenborg the Buddhist(仏教者スウェーデンボルグ)の抄訳である。著者名は書かれていないが、同書によるものであることは、末尾に記されている。一部を紹介すると、

宇宙の、それに依て運行する七なる数は聖数である。
ヘロドタスによれば古代埃及人は祭司、軍人、牧羊者、牧豕者、商人、通訳、行路案内人なる七種の階級を分ち各々その業務をさだめたと言ふ。人間は七元行−−即ち燃土質、活力体、星辰的形体、動物的霊魂、地上的睿智、神聖的霊魂、神聖的神霊より成れるものして第一元行はその交互微分子の空間に第二元行を有し、第二は第三を、第三は第四をと斯の如くにして第七元行に到るのである。
(略)
或人が六つの天使又は主宰的神霊となすところのアメシヤ・スペンタスは実際進化の諸階級を示せるもので、亦、絶対生命に由て蔽れたる人間の六元行をも表はせるものである。即ち物質的身体、星辰的形象及び身体活動力、動物的霊魂、人間的霊魂、霊性的霊魂、絶対生命のそれである。
(略)
(FROM“SWEDENBORG THE BDDDHIST”)

さて、安藤礼二氏の「迷宮と宇宙(4)人魚の嘆き 谷崎潤一郎の大正」は、谷崎潤一郎の「ハツサン・カンの妖術」(『中央公論大正6年11月号)について、谷崎が前掲書の訳書『瑞派佛教学』(博文堂・文陽堂、明治26年5月)自体を参照したか、又はその書物に説かれた教義に親近感を抱いていた人物から直接、神智学の大系を教授された可能性が高いと思われるとするものである。谷崎の記述は、

ハツサン・カンの説に従ふと、宇宙には七つの元素があつて、其れが此の現象世界を形作つて居ると云ふのです。所謂七つの元素とは、第一が燃土質、第二が活力体、第三が星霊的体形、第四が動物的霊魂、第五が地上的睿智、第六が神的霊魂、さうして第七が太一生命とも名づくべきものです。ところが此れ等の七つの元素は、始めから箇々別々に存在して居たものではなく、更に其の上にある涅槃に帰してしまひます。

また、『瑞派佛教学』には、次のようにある。

宇宙は七に依て運動せることを知らるゝがゆゑに、七てふ数をば聖数と呼ばれたり、ヘロドタスの言ふ所によれば埃及人ハ祭司、軍人、牧羊者、牧豕者、商業者、通訳者、引路者なる七種の階級を分ち、各々其の業務を定め、(略)人間は七元行=即ち(一)サアー、燃土質、(二)、クハー、活力体、(三)クハバ、星辰的体形、(四)クホーク、動物的霊魂、(五)アクフ、地上的睿智、(六)サ、神聖的霊魂、(七)オシリス、神聖的神霊=により成れるものして、第一元行は其の交互微分子の空間に、第二元行を有し、第二は第三を、第三ハ第四をと、此の如く第七元行に至るなり
(略)
かの或人が、六つの大天使又は主宰的神霊となすなるアメシヤ、スペンタスハ、実際進化の諸階段を示せるものして、又た太一生命に由て蔽はれたる、人間の六元行をも表はせるものなり、即ち、物質的身体(一)アマールタット、星辰的形象及び身体活動力、(二、三)スペンタ、アレナヂ、ハウルヴァタット動物的霊魂、(四)クシャトラヴァイリヤ、人間的霊魂、(五)アシヤ、ヴァヒシュタ、霊性的霊魂、(六)ヴォヒュマス、太一生命、(七)アヒュロ、マズダオ、等是れなり

ここに出てくる語彙のうち、特に太一生命は『瑞派佛教学』固有の訳語と思われ、安藤氏の推定が正しいのであろう。ただ、谷崎がSwedenborg the Buddhistの存在を初めて意識したのは、山村の翻訳だった可能性は残る。

谷崎は、大正4年5月に「華魁」を発表。その作品が原因で掲載誌は発禁となる。山村の「曼陀羅解」は、翌月号に掲載された。谷崎はどのような気持ちで読んだであろうか。その雑誌は、『ARS』という名前であった*1

(参考)
山村の大正4年前後の経歴を見ると、

大正元年9月19日 福島県町田町(新田町)十九番地日本聖公会平講義所に転任。

  3年1月10日 「冬其他」を『第三帝国』に掲載。

  3年6月 室生犀星萩原朔太郎と詩、宗教、音楽の研究を目的とした人魚詩社を設立。

   10月17日 上京、メイゾン鴻ノ巣での異端社の第一回集会に参加、北原白秋萩原朔太郎らと会う。

  5年4月10日 雑誌『LE PRISM』創刊。編輯人山村暮鳥、発行人室生犀星、発行所第三帝国社内S・P・B社。

『ARS』、『第三帝国』の両方の執筆者で、かつ、神智学に深い関心を寄せていた人物が別にいるが、それについては別途検討が必要。

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誰ぞは、まさか金沢へお出かけ?

*1:大正4年6月22日付読売新聞「よみうり抄」に「谷崎潤一郎氏は小説「華魁」の続編を「アルス」7月号に寄せたりと」とあるが、掲載されず、未完で終わった。