神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

日記に見る戦前の中村天風

中村天風関係の本は経営書のコーナーに置かれているので、もはや霊術家というイメージはない。しかし、あの霊界廓清同志会編『破邪顕正 霊術と霊術家』(昭和3年6月)では、太霊道主元の田中守平を抑えてトップに紹介されている。同書は、統一哲医学会の中村天風を「霊界新人の第一人者、又稀に観る雄弁家で、上流階級に信任ある同君の右に出づる者なし」とべたぼめである。

戦前の天風について言及した日記を見てみよう。斎藤隆夫日記には、

大正10年9月2日 午后永楽倶楽部に至り、遊ぶ。夜同所に於て、中村天風の統一正観法講演及実験あり。

    9月7日 大弓倶楽部に至り、一寸公園の統一哲医学会に寄り、帰宅す。

天風は、大正8年に国民心身改良実行統一協会を創立し、すぐに統一哲医学会と改称している*1ので、まだ創立まもない頃の話である。
また、戦時下になるが、笹川良一の日記にも顔を出している。

昭和17年1月23日 中村天風君に招待。牛込の吉野屋へ。来る者三国少将、□□大佐、三田亨。

三国少将は、三国直福陸軍省調査部長。天風の人脈も広範囲に渡っている。

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誰ぞに先を越されたか。3月25日まで「古書販売目録と反町茂雄」展を千代田図書館で開催中。

*1:更に昭和15年天風会と改称。『図説中村天風』(海鳥社、2005年1月)による。