神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

猫好きの国文学者が古本の元をとったとさ


マスター一年生の時の話というから、彼女は二十二、三歳だっただろうか。研究テーマに『渓嵐拾葉集』を選んだその人は、その伝本を有する滋賀県坂本の叡山文庫へ向かうこととなった。場所柄をわきまえてか、いつもより化粧を薄くした彼女。初めてのことなので、同文庫に通じた大学時代の恩師が来てくれることとなった。恩師が机の上に置いた『天台書籍綜合目録』をうっかり「てんだいしょせき・・・」と読みかける。すると、恩師は、やんわりと「これはてんだいしょじゃくそうごうもくろくと読む」と。


恩師からその目録は神田のI堂ならまだあるかもと教わった彼女は、学会で上京した機会をとらえ、神保町*1へ。着慣れぬスーツ姿。おずおずと店に入ったとたん、店の奥できらっと目が光ったように思えたのは気のせいか。いっそう身をこごめて書棚を眺める。あった!


いかにも番頭という感じの店員に「あ、あれをください」と口走る。若造のお前には買えないだろうと思われたか、「あれは五万円です」と言い捨て、奥へ戻ろうとする店員。彼女は、店員の袖をつかみそうな勢いで、「買います、お金は持ってます」と。「送りますか?」と聞かれたが、五万円の上に送料もかかるとなるときつい。当時の彼女の仕送りはわずか十万円だった。


どうやら「持って帰ります」と答えたらしい。気がつくと、数キロはある*2荷物を抱えて、通りの喧噪の中に立っていた。


この目録は修士論文作成に十分に活用された。更に、研究は後に博士論文にもなり、2002年博士号(日本文学)を取得。

十月に、須磨の神戸女子大学でたった一人の学位授与式を行って下さったありがたさといえば、このうえないものであった。その年の夏にはさまざまな辛いことがあったのだが、学位記を大切に胸に抱えてJRの須磨駅から秋の海を見ていると、もう嫌なことは何もかもこの海に捨てて行こう、悲しいことがあれば、いつもこの海の色を思い出そう、と心に決めたのであった。(『『渓嵐捨葉集』の世界』の「あとがき」)


元をとったどころか、それ以上のかけがえのないものまで手に入れたのであった。


注:前半は、『京古本や往来』85号(平成11年8月)掲載の田中貴子「「元をとった」本の話」から再構成。

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記事にするほどの内容なのか。→「http://www.asahi.com/national/update/0107/TKY201001060438.html

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ようやく岩波書店のホームページ(http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/028361+/top.html)に川西政明『新・日本文壇史』の紹介が出てた。まだ、言及する人が少ないせいか、ググるとわしがトップみたい。なんか恥ずかしい。


誰ぞが、古書会館に初詣した予感。

*1:原文には「神保町」という言葉は出てこない。

*2:3冊で約1,350頁ある。