神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

一水会と柳田國男


一水会とは、『白岩龍平日記』の中村義「第一部アジア主義実業家の生涯」によると、貴族院議員宮島誠一郎の次男で、漢学者、漢詩人、書家の宮島大八が大正6年1月に組織した研究会。毎月第一水曜日に華族会館で開催されたので、一水会と呼ばれたという。中村氏によると、情報交換の場、サロンというような性格の会で、同会に関する専門研究はないという。


この一水会だが、中村氏は「柳田(國男)はまめにこの会に顔を出している」としつつ、典拠は書いていないが、柳田の「大正七年日記」や「大正十一年日記」であることは、容易にわかる。そこで、他の日記にも出てこないかと調べると、天羽英二の日記に発見した。

昭和16年1月15日 夜 一水会 細川侯 西野元 緒方竹虎 坪上 倉知 山井格太郎 柳田 小貫 江口 出淵 安保 木村 森山 砂田実 茶寮帰路 柳田国男 森山仝行帰宅


上記のほか、同年2月5日、3月5日にも柳田の出席が確認できる。一水会のメンバーは日華学会(大正7年5月創立)のメンバーとも重なっているようだ。同学会の会長は細川護立侯爵、理事は白岩龍平、江口定條、山井格太郎、砂田實など、評議員は岡部長景、倉知鉄吉、木村鋭市、宮島大八、水野梅暁、出淵勝次、坪上貞二などである。


(参考)西野は大蔵次官の後、貴族院議員。坪上は外交官の後、満洲拓殖公社総裁。倉知は外務次官の後、貴族院議員。山井は日華学会の元常務理事。小貫慶次は元横浜正金北京支店長。江口は貴族院議員。出淵は外交官の後、貴族院議員。安保清種は元海相。砂田は東亜同文書院第三期生、日本綿花天津支店長の後、日華学会の常務理事。森山は不詳。なお、『柳田国男伝』によると、柳田は美術品のコレクターとしても名高い貴族院議員細川とは、民家研究の小集「白茅会」(大正6年設立)で顔なじみの間柄だったという。

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佐伯順子先生が、『本』11月号の「女装・男装と現代文化」で新著を紹介している、その中で「子供時代の私は、当時の少女漫画が恋愛ばかり描いているようで退屈で、少年漫画ばかり読んでいたのだが、そんな私にとっても、男装で働くオスカルは魅力的だった」とし、少年漫画の主人公として、野球選手や動物園の飼育係をあげている。前者は巨人の星として、後者はなんだっけ。