神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

戦時下の野依秀市

佐藤先生の連載が絶好調なので、わしも野依秀市の名前を見つけたら記録しておくことにした。


昭和20年5月2日 (略)自分は緒方邸へ持参し緒方氏に会ったが、実業世界の野依秀市氏が来訪したので、支那の話や身辺の話は出来ずに辞した。野依氏も戦局に対して大方悲観のやうだが、どうなるものやら具体的にはやはり云はない。誰もが触れることを惧れるのである。


太田宇之助の日記(『横浜開港資料館紀要』27号)から。野依には、『米本土空襲』という威勢のいい著作もあるが、このころには敗戦の予感はあっただろうか。戦後は、「帝都日々新聞社主筆編輯局長著書」を理由として公職追放となった。

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まだまだ「好青年」には負けぬと思っておったが、腰痛にて不調だす。