井上芳郎。明治21年生まれ、早稲田大学政治経済科専門部中退後、坪内逍遥主宰の文藝協会研究所第二期生となるも、病気で中退(『慶應義塾図書館史』による。2006年7月8日参照)。「資料翻刻文藝協会研究所日誌」*1に、その井上の名前があった。明治43年7月13日舞踏の試験が坪内邸で行われたが、その成績として、最高点は80点、最下位の60点4人の中に、上山草人と井上の名前が見える。また、同年11月10日に行われた第4回内試演会の成績発表にも、上山と井上の名前がある。明治42年3月に研究生の公募のあった文藝協会付属演劇研究所だが、ここで井上は上山とともに演劇の勉強をしていたのだ。その井上が、昭和2年11月には折口信夫らと共に柳田國男邸宅を訪問(2月3日参照)、昭和3年には慶應義塾図書館に雇われ、その傍らスメラ学の権威にもなるが、どういうめぐり合わせだったのだろう。なお、最近クレス出版から井上の『古代女性史論』(岡書院、昭和2年) が復刻された。
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某誌の「今語りたい、本の魅力」特集を見る。アスタルテ書房って、25年も前からあったんだ。実は一度も行ったことがないのじゃ。いつぞや誰ぞに場所を聞かれて汗かいただすよ。懐かしのなかじま食堂も出てきた。
*1:『演劇研究』14号。