春陽堂の編集者だった島源四郎については、5月30日、6月1日に言及したところであるが、岡本綺堂の日記*1でも発見したので紹介しておこう。
昭和3年10月15日 午後、近所を散歩して帰ると、春陽堂の島源四郎君が来て、日本戯曲全集十二月発行の分は岡本綺堂編であるが、予告の目次だけでは二千百枚には足らないやうであるから、もう少し増加してくれといひ、一時間ほど話してゆく。
4年5月1日 つづいて又、春陽堂の島源四郎君が来た。
島君の用件は、春陽堂からも探偵小説集を発行するに付、わたしにその一編を受持つてくれといふのである。無論、改造社にその計画のあることは承知の上で、改造社は全部創作であるが、春陽堂は創作と翻訳と半分ぐらゐづゝにするとの事であつた。同じやうなものを競争的に発行するよりも、双方で何とか妥協したら好ささうなものであると思ふが、さうもならぬと見える。島君は一時間ほど話してゆく。
8月20日 四時ごろに春陽堂の島君が来て、探偵小説全集の今月配本はわたしの分であると云ひ、捺印二個を借りてゆく。ここの探偵小説も不結果であつたさうである。何分にも同じやうなものが四種も出たのであるから、結局どこも思はしくない事になつたのであらう。
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講談社から『少年マガジンの黄金時代 特集・記事と大伴昌司の世界』なる本が出てるみたいだすね。
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2年前の神保町のムックを見る。誰ぞの似顔絵の眼鏡に?髪の毛に?
こんな感じの人だったかすらね・・・