神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

森茉莉とファーザー・コンプレックス


大槻憲二が主宰した雑誌『精神分析』に森茉莉が随筆を書いていた。
1巻5号(昭和8年9月10日)所収の「細い葉蔭への欲望」がそれである。同名の作品は、早川茉莉さんが、『ユリイカ』の森茉莉特集に再録したもの(『文学』昭和11年6月号掲載)とほぼ同内容であるが、若干の異同がある。最後の一節は次のとおり*1

幸福はやつて来ない。たつた一つの小さな幸福さへ、それは仲々やつては来ないのだ。生涯の間に一度も得られぬ人さへも多いそんな幸福が、再び私の上にめぐつて来るやうな事が、そんな事が有る筈はない。それは無い事だ。無い事だ。私はそれを感じてゐる。心の、体の、神経の、どこかで私は感じてゐるのだ。
(八、五、二八、記)


こちらの方が二度にわたる離婚後の、茉莉の気持がよく出ている。


「編輯後記」では、茉莉のことが次のように紹介されている。

森茉莉さんは故森鴎外博士の第一令嬢であつて、嘗てフランスに遊学し現在も続いて仏文学を研究してゐられる。『ルウルウ』の翻訳(本誌第二号七八頁、寄贈著書欄参照)などあり。創作の筆も執られる。本号所載の感想文は、今は亡き博士への父コムプレクスを判然と表現せられたものである。読者、分析眼を以て精読せられよ。


昭和8年の時点で、茉莉のファーザー・コンプレックスを指摘するとは、大槻憲二恐るべし。


(参考)大槻と茉莉については、昨年4月19日も参照。

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日経の文化欄に、河野多惠子さんが、谷崎潤一郎地震恐怖症について書いていた。


週刊読書人』は2週(9月5日・12日)にわたり、風来欄で、むのたけじ、(聞き手)黒岩比佐子『戦争絶滅へ、人間復活へ――93歳・ジャーナリストの発言』紹介。

*1:引用は、不二出版の復刻版による。