神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

にきび面の谷崎潤一郎


戦前国民精神文化研究所長を務めた関屋龍吉の回想録『壺中七十年』によると、府立一中時代のこととして、

私の次のクラスには谷崎潤一郎君がいて、その頃すでに文学的天才として先生方に認められていたが、いつも満面ににきびをうかべ運動場の片隅で読書にふけっていた姿が心に浮んでくるし、仏文学者辰野隆君がランニングの練習ばかりやって勉強せず、卒業の時あわや落第というところを松原兼助先生の助命運動で事なきを得たようなこともあった。


校庭の片隅で読書にふけるにきび面の谷崎。向こうには辰野が走っている。映画のワンシーンみたいだ。谷崎の一中時代は明治34年4月〜38年3月。時期的には、村井弦斎の『食道楽』がベストセラーになった時期を含むが、読んではいなかったのだろうね。


追記:関屋は明治19年7月生。明治32年一中入学、37年卒。