神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

柳田國男と宮武外骨


骨は骨でも、凡骨ではなく外骨さんの方の話。従来、柳田國男宮武外骨に対して否定的評価をしていたとされている。しかし、三村竹清の日記に面白い記述がある。

大正7年6月6日 夜 三田村鳶魚君来 柳田さんハ手置をよくして上けないといけない人故 二三度上りたれと 以後ハ遠慮して上らぬ それか宮武なとを入れて 郷土研究の再興は困つたもの也 宮武といふ男ハ新聞も雑志[ママ]もやつたくせに 目はしのきかぬ男にて そういふ事に遠慮かなくて困る スコフルも妙に社会主義に見せかけて 照山かうまく警視庁へ話して 買収之つもりて金を出させてやつてゐる 照山とハ冨士新聞以来の交りにて 金を出させる事ハ 照山ハ中々旨いもの也と 志士顔をしてゐるもの 大かた然る乎


『郷土研究』は大正2年3月創刊、大正6年3月に休刊。昭和6年2月に復刊することになるが、それ以前に「宮武なとを入れて」再興しようとしていたのだろうか。ちょっと、マユツバ臭いけれど、裏付けることができたら、大発見かも。

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ジャーロ』春号に門井慶喜「〈レファレンス・カウンターの難問〉図書館滅ぶべし」あり。これはシリーズものだったみたいね。