神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

山田珠樹と辰野隆のつかのまの火遊び


『新政』第2巻第1号(昭和29年1月5日号)の「新春放談」(辰野隆、湯沢三千男、矢次一夫)が面白い。

辰野 (略)僕が初めてヨーロツパへ行つた時ちようど湯沢も一緒だつた。


湯沢 あの時は大正十年、俺が三十何才、課長の頃だつた。


辰野 四十日間も船で一緒にすごして、ウイーンでまた会つた。そン時の話だよ。パウラという女が居てね、鼻のあたりが南部しやけのように曲つていたが、ちよつとした美人だつた。名前は遠慮するが後に千葉医大の学長になつた男が、その女といい仲になつていた。(略)その後、湯沢がちよいちよいパウラと会つて、とうとう物にしたようだ。


湯沢 あれは初め山田珠樹が夢中になつて惚れた。見るに見かねて、義侠心を起して仲を取りもつ気になつた。・・・(笑)


矢次 そして、そのうち仲良くなつた。・・・(笑)


(略)


湯沢 病気を貰つたんだ。(笑)


辰野 そのくせ、パウラの写真を二枚持つてて、僕らにみせびらかす。山田の奴が欲しがつて、頼むからくれというが、ちよつと見せるだけで、すぐポケツトへしまい込む。(笑)あれはいい女だつたね。(略)


(略)



矢次 辰野さん、あんたも向うで何かあつただろう。


辰野 ウイーンで、フランス語の話せる女が居ないかといつたら、一人来た。それが一寸法師の醜い女で、こりやいかぬというので助かつた。(笑)


矢次 それツ切りか。まだありそうだね。


辰野 ありツこなしさ、道楽しないもの。尤も箕作新八[ママ。六?]にいわすと、「辰野の奴、飯と一緒で朝昼晩たしなんでる」というが、そりやデマだよ。


山田は大正10年4月渡欧、辰野は5月渡欧。翌年山田の妻茉莉も渡欧してくるので、合流するまでの間の火遊びだったと思われる。

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夜は『情熱大陸』で桜庭一樹を見るだすかね。