神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

『婦人画報』記者列伝(その6)


坪内逍遥の日記には、小佐井という名前の『婦人画報』の記者らしき人物も登場する。

大正12年8月10日 「婦人画報」の東京社へ「道風」を送る約をす(小佐井へ)


    8月23日 「婦人画報」の小佐井来


この年の『婦人画報』11月号に逍遥の「歌劇小野道風」が掲載されているので、小佐井は同誌の記者と見てよいだろう。逍遥の所へ出入りする記者は、早大の出身者が多いので、大正8年英文学科第二部卒の小佐井清平と推測したが、決め手がない。


逍遥の日記を再度見ると、大正14年6月18日の条に「小佐井来、日本新聞記事の件」とある。もしや、日本新聞の記者になったのかと思い、『日本新聞年鑑』を見ると、小佐井清平の名前が、昭和三年版には「日本新聞社記者」として挙がり、昭和四年版にはより詳しく、「日本新聞文藝部長」、明治25年5月25日生、(学歴)早大文学部卒、(経歴)中央美術編輯部、東京婦人画報編輯部とあった。


なお、小佐井は早大木佐木勝と同じクラスであった。

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kumtinさんに負けじと「知るを楽しむ」で亀山郁夫を見るか。