神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

宮武外骨の露探攻撃


『滑稽新聞』において激しい人物攻撃を行った宮武外骨村井弦斎に対しては、『食道楽』のパロディを掲載するほか、それほど手厳しかったわけではなかったことについては、黒岩比佐子『『食道楽』の人 村井弦斎』に詳しい。外骨は、いわゆる「露探」については、「露犬」という呼び方をする方が多かったが、長田秋濤、秋山定輔への攻撃をかなり早期から行っている。


長田については、59号(明治36年10月25日)の「露国の犬長田秋濤」では、他紙の受け売りのようだが、長田が権藤震二を訴えた裁判の第二回公判における証人尋問の様子を記載し、61号(36年11月25日)の「露犬事件の判決」では『法律新聞』から同月4日の判決文を転載している。


外骨は、秋山については、他紙より先駆けて報道している。36号(35年10月20日)の「新聞雑誌検閲官」では、架空の『社会日報』(35年10月33[ママ]日)からの記事として、「露人大阪ホテルに宿す 昨日午後何処よりとも知れず怪しき露国人二名来りて大阪ホテルに投宿したり兼て露国密偵との噂ある売国奴秋山定輔は右二名の秘密案内者なりと」を掲載している。また、67号(37年2月25日)の「露犬彙報」では、滑稽記者が秋山の露探たる噂を聞いたのは35年の4月であるとしている。


奥武則『露探』では、外骨の『滑稽新聞』について全く言及されていないが、せっかくゆまに書房から復刻されているのだから、もっと活用されるべきではなかろうか。

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猫猫先生がブログで現在の妻に言及したのは初めてか。なんか幸せそうだね。