皇戦会理事長だった中岡彌高とともに仲小路彰の名前が木戸幸一の日記に出ている。
昭和19年2月28日 三時官舎に至り、中岡彌高中将、仲小路彰氏と面談、戦争の見透と転換策としての独ソ和平の斡旋等の問題に関し意見ありたり。
9月11日 二時半官舎に至る。三時、中岡彌高中将、仲小路氏来訪、独ソ和平云々の話ありたり。
20年8月6日 午前九時半、中岡中将来邸、対ソ策等を聴く。
昨年5月28日に紹介したけれど、中岡は昭和20年8月8日に高松宮を訪問している。木戸内相の日記から見て、対ソ関係で訪問したと推測できるが、すべては遅すぎた。翌日、何が起きたかはご存知の通り。
追記:今週はワセダ(←なぜか、マップに立石書店が載っていない)だすね。来週になるけれど、10月1日からは演劇博物館で「演劇人 坪内逍遥展」も開始。