神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

星新一もぼけていたか!?


まだぼけていなかった頃の城山三郎の『落日燃ゆ』に

大空襲の夜から一週間後、広田は箱根強羅の知人の別荘に現れた。家を焼かれ、そこへ避難してきているという口実であった。


とある。この「大空襲」とは昭和20年5月25日の空襲のことであり、「知人」とは星新一の父、星一のこと。


星新一はこのことについて、『きまぐれ遊歩道』所収の「ある明治の女」で、

頭山さんは長生きし、太平洋戦争の末期に死す。空襲を避け、箱根の私の亡父の別荘にいたのだが、広田弘毅さんが泊りにくることになった。近くの強羅ホテルにいる、ソ連のマリク駐日大使と、終戦仲介の話し合いのためである。
同居では誤解されると、頭山さんは牛車で山梨のほうへ移る途中でなくなられた。


広田元首相とマリク大使との会談は昭和20年6月3、4日に行われた。星が名前を挙げている頭山満は、前年の10月5日に御殿場で亡くなっている。もちろん、牛車で移動する途中に亡くなった訳でもない。同書は、平成2年2月新潮社刊行だが、星新一もぼけていたか。


(参考)戦前の国士の巨頭、頭山の死について、清沢洌は次のように書いている*1。的確な評価だね。

昭和19年10月6日 頭山満が死んだそうだ。愛国心の名の下に、最も多く罪悪を行った男だ。同時にまた最もよく日本人の弱点を代表している男でもあった。

*1:『暗黒日記』