神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

三角寛以前のサンカ小説


沖浦和光『幻の漂泊民・サンカ』(文藝春秋、2001年11月)によると、

大正期には、柳田*1が手がけたような目ぼしいサンカ論は見当たらないが、当時の社会主義運動のリーダーであった堺利彦が、一九一六(大正五)年に『山窩の夢』と題する小論を発表している。これは同年に発表された田山花袋の短編『帰国』*2に触発されて書いたエッセイであるが、(略)
(略)
他方では、先にみた田山花袋『帰国』をはじめとして、葉山嘉樹『凡父子』*3椋鳩十『山家[ママ]調』*4など、息苦しい権力社会から隔絶した自然に生きる漂泊民に、人間の自由の原風景を感じる詩情豊かな作品も書かれた。沖野岩三郎もその代表作『宿命』*5の中で、紀州熊野川筋で生きるサンカをリアルに描写している。


三角寛以前のサンカ小説としては、沖浦氏が挙げる他に、国枝史郎の「八ケ嶽の魔神」(『文藝倶楽部』大正13年11月〜15年7月)、「山窩の恋」(『大衆文藝』大正15年2月『国枝史郎伝奇短編小説集成』第1巻、作品社、2006年10月所収)があるし、昨年8月30日に紹介した江見水蔭の作品(未見だけど)もある。


それから、高木健夫編『新聞小説史年表』をつらつら見てると、大正13年9月に『信濃毎日』で伊藤松雄「山窩流血傳」が連載されている。三角のサンカ小説ブームに比べると規模は小さいけれど、大正期にちょっとしたサンカ小説ブームがあったか。

*1:柳田國男

*2:『新小説』大正5年7月号

*3:『月間文章』昭和15年9月号

*4:山窩調』(自費出版昭和8年4月)

*5:大阪朝日新聞大正7年9月6日から11月22日まで