神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

第一書房の廃業に振り回された社員たち


昭和19年に廃業となった第一書房。その社員について、長谷川郁夫『美酒と革嚢 第一書房長谷川巳之吉』には、

伊藤禱一は戦後、八雲書店、斎藤書店を経て、第二書房を興した(「第二 著書と出版社」)。
八雲書店は、中絶したが、太宰治の最初の全集を計画したことで戦後文学史に名を残す出版社。(略)斎藤書店は斎藤春雄がはじめた新興出版社。斎藤は、十返肇編集の「新文化」を手伝った「新入社員」だった。


とある。


この二人の社員が斎藤茂吉の日記に登場している。

昭和17年11月24日 来客第一書房斎藤春雄(後略)


  18年11月11日 午後、童馬山房夜話ノ原稿ヲ整理シ、第一書房ノ斎藤氏ニ手渡セリ。


  18年11月12日 童牛漫語ノ原稿整理ニ著手ス。


  18年11月15日 童牛漫語ノ後記カキヲハリ


  19年 2月 9日 第一書房ノ斎藤春雄氏来リテ社長ガ第一書房ヲヤメルツモリノ由、ヨツテ童牛漫語ノ方ハ止メヨウト思ツタ。


     3月15日 夜、第一書房ノ斎藤春雄氏ヨリ應召令ガ来リシ趣ノ電話ガアツタ。


     3月16日 午後、ウタタ寝、第一書房ノ斎藤春雄氏應召ニテ挨拶ニ来ル(10圓銭)   


     3月26日 午前中、少シク古イ歌稿ヲ整理中、第一書房ノ伊藤儔[ママ]一氏来リ、午近クマデヰタ


     4月 7日 第一書房伊藤禱一氏来ル。山房夜話ノ表紙見本持参

   
     4月 29日 八雲書店ノ伊藤禱一氏来リ、夜話ノ校正持チカヘル。


茂吉は『童馬山房夜話第一』(八雲書店、昭和19年7月)中の同月20日付け「後記」で「出版については八雲書店の斎藤春雄・伊藤禱一二氏の盡力を得」と書いている。第一書房の社員だった斎藤春雄は、八雲書店に移ったものの、すぐに応召したことになる。


また、茂吉の『童牛漫語』(斎藤書店、昭和22年7月)の「後記」(昭和18年11月上澣付け)に続く「又後記」(昭和19年3月16日付け)には、「右の如くであるが、その後の状勢やうやく深刻となり、進行の中途に於て第一書房が業を廃したが、今日即ち三月十六日斎藤春雄氏が應召することともなつたため、私も自粛する心持になり、「童牛漫語」の原稿は二たび筺底ふかく潜むことになつた」とある。茂吉は律儀にも戦後春雄が創業した斎藤書店から、春雄が第一書房時代に担当した作品を刊行したのだね。


第一書房の廃業により、春雄や伊藤は翻弄されたと思うけれど、敗戦を無事に生き延び、戦後も出版界で活躍したようだね。