「タヌキ」になって人間が丸くなったかと思っていたら、「狸寝入り」だったか?
新年早々相変わらず攻撃的で元気な小谷野敦先生。朝日新聞社のPR誌『一冊の本』1月号で新連載「美人好きは罪悪か?」を始めた(初回のタイトルは、「小説のヒロインはたいてい美人」)。
『考える人』の連載「売春の日本史」はちと難しくてついていけないが、こちらは『もてない男』*1路線でわかりやすく、かつ、面白く読める。
一部を引用すると、
(前略)角田は実はけっこうかわいい。私はかつて、角田の新刊『カップリング・ノー・チューニング』の広告に付せられた著者近影を見て、「美しい!」と思って切り取っておいたことがある。ところがその後角田の別の写真を見て、ありゃ、あれは写真がうまく撮れていただけかな、と思って捨ててしまった。だがそれから、他の写真や動く角田をテレビで見たりすると、やっぱりかわいいので、捨ててしまったことを悔やんでいる。今度縮刷版から拡大コピーしてこようと思っている。
確かに角田光代さんは、美人というか、かわいい部類。いわゆる「ロリ顔」というべきか。私も、一時期ファン*2だった。小谷野氏は、角田さんが新芥川賞作家と結婚していたと聞いたときは、少々落胆したというが、私は、その前に、『週刊ポスト』だったかで、恋人と同棲していると報じられたときに、1週間寝込んだよ(笑
角田さんが「神保町系オタク」のアイドルとすれば、「アキバ系オタク」や「三十路ニスト」のアイドルというべきは、NHK気象予報士の半井小絵(なからいさえ)さんだろうか。そろそろ結婚しそうな気もするが、半井さんが万一結婚したら、私が寝込むのは1週間では済まないであろう(笑
(おまけ)宮本常一の日記に遊女関係の記載があったので、紹介。
昭和26年4月17日*3 役場へ午后行く。やはり何もない。明治5年の戸籍を見ていると、裏に遊女解放の時のものが少し表紙かわりについている。はずしてとる。13、14才という遊女が居たのである。あわれふかい思いである。
昭和36年1月25日*4 7時すぎまでいて大盛堂により、『村岡伊平次伝』*5と『芳水詩水[集]』をかう。(略)帰ってから『村岡伊平次伝』をよむ。実におもしろし。考えさせられる。
追記:小谷野氏が、角田光代『カップリング・ノー・チューニング』(河出書房新社 、1997年9月)(もしかしたら、同書の改題版『ぼくとネモ号と彼女たち』(河出文庫、2006年1月)の方?)の新聞広告に付せられた著者近影について、「朝日と読売の縮刷版を見ても発見できないのです。誰か情報求む。」とのこと。皆さん、助けてあげて。
*わがkumtinさんよ、今回は多少軽い話になったかな?