10月4日に言及した帝国図書館員朝倉無声について、不明であった出典*1は書物奉行氏(の友人)の教示(同日の「書物蔵」参照)により解明された。出典が記されていたという、川添裕編『見世物研究 姉妹篇』の「序」(延広真治)を見ると、朝倉が明治44年5月1日付けで帝国図書館書目掛を「依願免本官」されていることも書かれていて参考になった。朝倉の帝国図書館における在職期間が不明であったので、これで退職時期だけは判明した。
朝倉無声については、既に紹介したほかにも、市島春城の日記に登場している。
例えば*2、
明治41年3月22日 朝倉亀三を招き続燕石十種ニ収むべき材料を帝国図書館の図書ニ就て探索セんことを依頼す。
明治41年4月7日 朝倉を帝国図書館ニ訪ふて、続燕石十種の材料となるべきものを協議し、終に書庫内に入り随意捜索、ニ三種を得。(中略)朝倉亀三宅を訪ふて安田善之助ニ会し、図書館協会へ入会を勧めて、其の承諾を得。
朝倉無声の研究者が、もしまだ市島の日記の存在を知らないのであれば、『早稲田大学図書館紀要』を読むべし!
て、俺はワセダの回し者か!?