市島春城の日記(『早稲田大学図書館紀要』34号、1991年3月)によれば、
明治39年10月18日 伊東平蔵来訪、東京市図書館の評議員を嘱託して去る。
明治39年10月31日 尾崎市長より市立図書館評議員を嘱托する旨通牒あり。
明治39年11月20日 三時より市役所ニ至り日比谷図書館の評議員会ニ臨み議事規則を議決す。尾崎市長の挨拶あり、晩餐の饗を受けて散す。評議員は市参事会三名、市会三名、図書館三名にて、和田万吉、田中稲城、余の三図書館長の外、肥塚竜、中鉢美昭、坪谷善四郎、林謙三、横田清五郎、稲茂登三郎の六名なり。
日比谷図書館は、明治41年11月に開館。
その2年後に長与胃腸病院に入院した夏目漱石の日記(『漱石全集』第20巻(岩波書店、1996年7月))に、日比谷図書館が登場する。
明治43年6月18日 胃腸病院に入院。(略)
○雨に濡れた赤練[煉]瓦の色。独乙公使館美なり。裏霞関を下る。(中略)左右造赤煉瓦の家。日比谷図書館
今のところ、手持ちはこれだけ。