スタール博士の著書の挿絵なども描いている中沢弘光は『本間久雄日記』に何度か登場するが、そのうちの昭和34年1月18日の条から。
十時新宿諏訪町に中沢弘光氏を訪ふ。明治三十年代の洋画壇のこと、ラファエル前派の影響などについて質す。有益なる訪問なり。氏は余等学生時代より有名なる人。而もその住居の有様、簡素古朴、いかにも明治期画人の面影あり。今日の新進画家など(特に日本画家)には時流に投ずるや、忽に大廈高楼に住ひ、奴婢をして自分を「御前様」と呼ばしめてゐるものもありとかや。それらに比すると中沢氏の態度、すべて雲泥の差なり。芸術家はかくありたきもの。余、今更の如く氏に対する敬愛の念を新たにせり。