明治、大正期に、民間学者がきら星のごとく輩出して、偉大な業績
の数々を生んだ。そのなかには、現在にも影響を与えているものが少
なくないであろう。にもかかわらず柳田国男の民俗学など、ごく僅かな
例を除いて、そのほとんどは、継承、発展されることなく、一代限り
で終わっている。少なくとも、民間学としての形をとどめながら。継承
された例は稀であろう。
近代日本は、あまたの日本学者を生んだが、民間学者を育てようとはし
なかった。そこには民間学の宿命といったものさえ感じさせる。
(参考)シリーズ民間日本学者の一冊。あの巻末で予告され、刊行されなかった
学者には、ぜひ日の目を見て欲しいものが多い。
今日の箱根駅伝は、やはり神保町のオタとしては、明治大学を応援すべきか、
早大もがんばってほしいけど。
日本における民間学の不可能性、これも誰かさんの課題だっただすね。