幻の広瀬正原作のマンガ

星新一展には、柴野拓美とか『宇宙塵』とかも、もちろん出てきて楽しめた。さて、その『宇宙塵』だが、昭和38年9月号によると、宮崎惇広瀬正が近く『週刊少年マガジン』のマンガ原作で登場の予定とある。確かに、宮崎は同誌10月6日号の、新連載忍者マンガ「風雲からす丸」に、宮崎惇・原作、竜の子プロ・構成、木村光久・まんがとして出てくる。しかし、広瀬の方は確認できない。原作者から、マンガ作品を検索できる事典はないかしら。
なお、同号には「8マン」(平井和正・原作、桑田次郎・まんが)、「太平洋遊撃隊」(光瀬龍・原作、石川球太・まんが)の連載も載っている。

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tsysoba氏によると、

日本の古本屋メールマガジンその92(6/25号)に「自著を語る(40) 黒岩比佐子著『古書の森 逍遙』」。まだバックナンバー掲載されてないけど。http://www.kosho.ne.jp/melma/

昨日のトークは大盛況だったようで、その場にいなかったことが残念。
彷書月刊』7月号のイベント紹介で、黒岩さんへのコメントあり。

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世田谷文学館星新一展は今日で終わり。不思議なことにナンダロウ氏が行った気配がないが、もしや今日か。u-sen氏は今日行っているらしい。
同展は見ましたが、作品の下書きの極端に小さな字に唖然。書くことはできても、よく再読できるなあという感じ。
初期の空飛ぶ円盤関係の資料と著名人のサイン入りの「まり花」のコースターには、よだれが・・・
『W3』に「星真一」として登場していることを思い出させられた。

広瀬正の弟広瀬雅彦は宇宙画家になったか

宇宙塵』53号(昭和37年2月)に、「カット、先号から芸大美術学部学生の広瀬雅彦氏にお願いしています。広瀬正氏の弟さんで宇宙画家志望」とある。この広瀬雅彦、ググると、講談社青い鳥文庫宮澤賢治の本にイラストを書いている同姓同名の人がいる。賢治の弟宮澤清六と同姓同名の人が同誌の同人にいることもあって、雅彦は賢治の本にイラストを書くといういかにも「宇宙画家」らしい仕事をしていたのだなあと納得してしまった。しかし、よくよく調べると、賢治の本にイラストを書いた画家は、「1946年、福島県に生まれる」とあるので、年齢が合わないのであった。

正は墓の所在も不明とのことだが、子供のいなかったという正よりも、弟の雅彦の方が、その足跡を辿りやすそうである。まずは、東京芸大の卒業者名簿から当たってみたらどうだろうか。

(参考)4月21日

朝日ワンテーママガジン『20世紀ニッポン異能・偉才100人』から消された広瀬正

中野翠は『月刊ASAHI』1992年7月号の「20世紀日本の異能・偉才100人」の広瀬正の項目で、

SF小説にはあまり興味はないのだが、それでも広瀬正の『マイナス・ゼロ』『ツィス』『エロス』『T型フォード殺人事件』は夢中になって読んだ。

と書いている。この特集は、朝日ワンテーママガジン『20世紀ニッポン異能・偉才100人』(1993年11月)としても刊行されているが、広瀬の項は再録されていない。中野が初出で書いたものは、広瀬の経歴について特に目新しい内容はないので、カットされても惜しいものではなかったが、今になってみると広瀬の名がないのはちょっと残念な気がする。なお、中野が担当した人物は、尾崎翠快楽亭ブラック山名文夫だけが再録され、広瀬のほか、笠置シヅ子、藤村有弘、ティナ・ラッツ、中原淳一が再録されていない。この朝日ワンテーママガジンは文庫化してほしいものだ。

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twitterは最近つながらないことが多いが、困ったものだ。

広瀬正とスカイ・トーンズ

広瀬正・小説全集』第6巻の月報で大谷羊太郎が「二重の大先輩」を書いていて、『ミュージック・ライフ』昭和32年5月に「広瀬正とスカイ・トーンズ」が紹介されているとある。詳しいことを書いておられないので、初出誌から記録しておこう。

とにかく、このバンドの編曲は殆んど全部、広瀬のペンによるもので、十一人編成に合はして注意深く書き下ろされた、個性的なものである。簡単な流行歌一つにしても、編曲者としての広瀬の努力が払われているわけである。(略)編曲者としての広瀬のアイデアウディ・ハーマン楽団のサード・ハード時代のラルフ・バーンズの作風に強い影響をうけているようだ。(略)編成は四サックス、四ブラス、三リズムの十一人編成。

リーダーの広瀬以外の編成は、

ペット 先名信勝、市倉隆、佐藤一郎
ボーン 工藤忠
ピアノ 椎名新一
サックス 加藤光雄、内海弘、大古殿和明
ベース 上田力也
ドラム 滝上達

先名は、ググると、桑名信義の父親で、アニメエイトマンの主題歌のイントロのトランペットを吹いてたようだ。ほぇ〜。

SRの会と広瀬正

『SR MONTHLY』145号(1972年6月)の桂千穂「広瀬さんのこと」から。

八、九年前。長谷邦夫氏−いまやパロデイマンガの旗手−をカタラって、怪奇小説の同人誌を、もくろんだことがある。
最初だったか、二回目かの打合せのとき、現われたのが、広瀬氏だった。
(略)
その日、わたしたちは、怪奇文献の蒐集で名高いK・S氏を訪ねて、蔵書を拝見したり、ご馳走になったりして帰宅した。(略)
同人誌の計画は、そのまま立ち消えになってしまったが、広瀬氏とお目にかかる機会は、それからも、しばしばあった。
氏がSRに入会され、例会などには、わりとコマメに、出席なさったからである。まんまるい顔に、ふちの厚いメガネをかけ、どっしりした体を、四至本*1邸のハナレに落ちつけて、SFやミステリについて、愉しそうにしゃべっておられた氏の姿を、わたしはいまも、ありありと思い起こすことができる。
(略)
やがて、いつか氏は例会に見えなくなり、会も退かれた。

従来の著作年表には記載されていないが、広瀬は、『SR MONTHLY』62号に「ガムの生地」を、65号に「評論家のなり方について」を執筆しているという。広瀬正ネタが増えてきたので、カテゴリーを設けた。

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今月は、古本強化月間というか、黒岩比佐子さん強化月間。

◎展示スケジュール:
■6月1日(火)〜6月30日(木)
歌舞伎座グラフィックス----作家・黒岩比佐子の「古書の森」より>
・展示概要:明治期発行の木版役者絵入り『歌舞伎新報』、大正から昭和初期にかけての歌舞伎座の筋書、戦後の復興を記念して出版された『歌舞伎座』など、歌舞伎座をめぐるグラフィックイメージを集めました。
・場所:千代田区立図書館(千代田区九段南1-2-1千代田区役所)9階「としょかんのこしょてん」展示スペース
http://www.library.chiyoda.tokyo.jp/guidance/rarebookonlibrary35.html
・開館時間:月〜金10:00〜22:00/土10:00〜19:00/日・祝10:00〜17:00
・休館日:6月27日(日)
・お問い合せ先:千代田図書館 03-5211-4289・4290

■6月20日(日)〜6月26日(土)
<作家・黒岩比佐子が魅せられた明治の愛しき雑書たち----日露戦争・独歩・弦斎>
・展示概要:日露戦争当時の作家やジャーナリストたちは何を考え、どんな作品やメディアを創ってきたのか、戦争にどう対応したのか----。主に国木田独歩村井弦斎に関連するものを中心に、約百年前に登場した「戦争」「女性」「食」をテーマにした雑誌や書籍を展示します。
・場所:東京古書会館(東京都千代田区神田小川町3-22 )2階展示室 
http://www.kosho.ne.jp/honbumap/kaikan.html
・開館時間:10:00〜18:00
・会場受付では、黒岩比佐子氏の6月最新刊『古書の森 逍遙----明治・大正・昭和の愛しき雑書たち』(工作舎)と、既刊著書(著書は全てサイン本)及び関連書を取り揃えたミニ・ブックコーナーを設置いたします。
スペシャル・トークセッション
黒岩比佐子(予定)+岡崎武志(古本ライター) 
日時:2010年6月26日(土)午後2時〜午後4時
場所:東京古書会館7階会議室
料金:1000円
詳細:工作舎ホームページ「古書の森 逍遙」コーナーで随時更新
http://www.kousakusha.co.jp/DTL/kuroiwa.html
・お問合せ先:黒岩比佐子サポーターズ03-3533-7051(工作舎気付)
saturn@kousakusha.co.jp

◎ブックフェアスケジュール:
■6月14日(月)〜7月中旬
《作家・黒岩比佐子が読む明治ワンダーランド》
・場所:三省堂書店神保町本店(千代田区神田神保町1-1)4階・上りエスカレーター前コーナー
・開店時間:10:00〜20:00 (期間中休店日なし)
・お問合せ先:三省堂書店神保町本店03‐3233‐3312
http://www.books-sanseido.co.jp/shop/kanda.html

■6月20日(日)〜7月下旬
《作家・黒岩比佐子がみるニッポン食道楽》
・場所:東京堂書店ふくろう店(千代田区神田神保町1‐1)
・開店時間:10:00〜20:00 (期間中休店日なし)
・お問合せ先:東京堂書店神田本店03-3291-5181
http://www.tokyodoshoten.co.jp/

*1:大伴昌司、本名四至本豊治。

昭和40年における日本SF作家クラブ

大伴昌司編「日本SF人名鑑」というのが、『SFの手帖』(恐怖文学セミナー、1965年3月)に載っている。これで、広瀬正を見ると、

広瀬正(ひろせ ただし)
1 仕事の種類:創作
2 生年月日:一九二四年九月三〇日
3 出身地:東京
4 最終出身校:日大工学部
5 卒業後の主な職業、処女作:バンドマン、編曲者。二十五人集*1に「殺そうとした」(六一年)
6 主要作品、発表年代:「敵艦見ユ」(六四年)*2など短編数本。
9 所属団体組織:推作協
10 最近の住所又は連絡先:豊島区千早町一の一八

この時点では、日本SF作家クラブに入っていなかったようだ。人名鑑で同クラブに入っている人を拾うと、石川喬司、川村哲郎、小松左京、斉藤伯好、斉藤守弘、手塚治虫豊田有恒野田宏一郎半村良平井和正福島正実星新一眉村卓光瀬龍、森優、矢野徹。また、同名鑑の「SF関係団体」に日本SF作家クラブがあがっており、連絡先は早川書房、事務局長は大伴昌司。上記のほかに、会員として伊藤典夫筒井康隆の名がある。日本SF作家クラブの物故会員(http://www.sfwj.or.jp/member/INDEX.html)に広瀬の名がないのは、結局最後まで入会しなかったということか。

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『季刊邪馬台国』が新たに国会図書館雑誌記事索引採録誌になった(http://www.ndl.go.jp/jp/data/sakuin/sinki_sairoku.pdf)。『彷書月刊』も採録してくれないかしら。

*1:『宝石』昭和36年2月増刊号。

*2:SFマガジン』昭和39年6月号。

最初は『マイナス・ゼロ』に関心がなかった司馬遼太郎

河出書房新社龍円正憲氏の同僚だった藤田三男氏が、「タイムマシンに乗って戻ってきた−広瀬正・小説全集の完結」を『すばる』2009年3月号に書いている*1

昭和四十四年、司馬遼太郎の第一エッセイ集『歴史と小説』のことで、足繁く司馬邸へ出向いた。司馬さんの興がる話などとてもできない私は、自然に今進めている仕事の話をして時間塞ぎをした。一つは山崎正和氏の書き下ろし評論『鴎外 闘う家長』、一つは『マイナス・ゼロ』。山崎さんが山崎正董翁(『横井小楠遺稿』の編著者)の孫であると申し上げると、「ほう」と目を輝やかせた歴史家司馬遼太郎も、『マイナス・ゼロ』がSFと知ると、少しの興味も示さなかった。SF、探偵小説には興味が薄いと自らも言った。

のちに『マイナス・ゼロ』を読んで、広瀬の熱烈な支持者になる司馬も、この段階では何の関心もなかったようだ。ちなみに、この藤田は、昭和47年3月広瀬が路上で心臓発作で倒れ、麹町警察署から「路上病者」の所持品に名刺があったと社に連絡を受けたときに、出張中の龍円に代わって大塚監察院に駆け付けた人物である。

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*1:『榛地和装本 終篇』(ウェッジ、2010年3月)所収。