神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

図書館

千代田区立日比谷図書文化館の開館を祝して

千代田区立日比谷図書文化館が11月4日開館。それを祝して、日比谷図書館児童室の職員だった中條辰夫の話の続き。 「中條辰夫と中村屋サロン」で言及した中條と秦学文やエロシェンコの関係から言って、中條が秋田雨雀の日記に出ているかもしれないと思ってい…

第6回ちよだ文学賞大賞を受賞した国会図書館関西館職員鈴木智之

読売新聞によると、第6回ちよだ文学賞大賞を受賞したのは鈴木智之氏(44)の「オッフェルトリウム」。 鈴木氏の経歴は、 鈴木智之 1967年 東京都生 神奈川県立横須賀高校卒(高校の頃から作家志望で、授業をサボっては図書室で好きな作家の小説を読みあさっ…

日比谷図書館員中條辰夫を取り巻く文学青年・女流作家・画家たち

金子光晴『詩人』(平凡社、昭和48年12月。初出は『ユリイカ』昭和31年10月号〜32年6月号)の「「明治」という荒地の中で」によると、 肺尖カタルという病名で僕は、三ヶ月寝た。その頃僕は、保泉良弼、良親の兄弟と交際するようになった。保泉を僕に紹介し…

竹貫少年図書館を開館した竹貫佳水と日比谷図書館児童室(補足)

『日本児童文学大事典』は調べて竹貫佳水は立項されていないと思っていたが、どうも調べていなかったようで、「竹貫佳水(たかぬきかすい)」がしっかり立項されていた。引用できないほどの分量がある。参考文献として、芦村居主人「故竹貫佳水氏の事業」、…

オタどん編著『簡約大日本図書館先賢事典 未定稿』

『文献継承』15号(金沢文圃閣、2009年10月)の「長土塀の机上より」によると、石井敦編著『簡約日本図書館先賢事典』を発展させた『日本図書館関係人物事典(仮称)』という企画が、石井の生前にあったらしい。実作業はまだまだこれからで、どのように石井…

竹貫少年図書館を開館した竹貫佳水と日比谷図書館児童室

森銑三『明治東京逸聞史』を見てたら、日比谷図書館児童室が出てきた。 日比谷図書館の児童室(同上[『文藝倶楽部』明治]四十二・七) 思案の「本町誌」に、六月一日、帰社の途次、竹貫佳水君の案内で、日比谷図書館を見た。建築が奇麗で、小ぢんまりしてゐ…

中條辰夫と中村屋サロン

金子光晴の友人だった日比谷図書館児童部の中條辰夫。元図書館員の書物蔵氏をもってしてもその経歴調査に難航しているようだ。私が調べて判明していることを補足しておく。金子の年譜によると、大正4年頃、金子は中條と新宿中村屋の二階にエロシェンコを訪ね…

中條辰夫という日比谷図書館児童部職員

おはよう、書物蔵君。 今回の君の使命は、日比谷図書館員だった中條辰夫という人物の経歴を明らかにすることである。中條は、金子光晴の「時間をかけて、わがままに」『文学的断層』に名前が出てくる。 日比谷には、僕の友人の中条辰夫がつとめていて、館長…

日光図書館長藤井萬喜太

秋田雨雀日記に謎の日光図書館長が出てきた。 昭和6年7月18日 商工会議所へゆくと藤井という日光図書館長がいて、日光史の話をしていた。山中菊子、椎橋君(エスペランティスト)*1、乳井秀夫君(官房主事をしていた人)、各新聞社の人々にあった。藤井氏た…

満鉄哈爾濱図書館長栗栖義助と夫人つた子

「民衆図書館」については、「『中外』の内藤民治と民衆図書館」(2010年10月10日)で言及したが、秋田雨雀の日記にも、「民衆図書館」が出てきた。 昭和6年4月18日 ハルピンの栗栖蔦子女史が民衆図書館を建てるのだといってやってきた。奥むめお、織本貞代…

金沢市立図書館長小河次吉=小河阿丘と装釘同好会

昭和5年3月31日から6年5月28日まで金沢市立図書館長を務めた小河次吉という人がいる。『簡約日本図書館先賢事典』によれば、 小河次吉 おがわじきち 1900−1931 1921/金沢高工(金沢大学)図書館,1927/理化学研究所図書館,司法省図書館,1930/金沢市立図書…

小野忠重と本所図書館主任山田正佐(その2)

「小野忠重と本所図書館主任山田正佐」(8月1日)で言及した小野と山田だが、小野の「本の裏がわ」(『書窓』6巻1号、昭和13年6月)によると、山田は小野の畏友だったという。 この蔵書票は版画家として喜びの一つであるらしいが、私のものは、版画家らしい…

第一書房の長谷川巳之吉と帝国図書館司書官林繁三

『図書館雑誌』昭和12年7月号の「彙報」欄で、第一書房の長谷川巳之吉が林繁三の紹介で日本図書館協会の特別会員として入会していたことが判明。この林は、『簡約日本図書館先賢事典』によると、 林繁三 はやし しげぞう 1896−1948 1本籍又は生地:福岡、2…

小野忠重と本所図書館主任山田正佐

坪内祐三氏も『週刊現代』の書評でほめてた駒村吉重『君は隅田川に消えたのか 藤牧義夫と版画の虚実』(講談社)。同書によると、小野忠重「回想の藤牧義夫」『藤牧義夫』(かんらん舎、昭和53年)に藤牧が昭和9年「隅田川両岸画巻」を描いたきっかけに関連…

東京帝国大学附属図書館司書加藤素治=北原放二

「雀隠れ日記」さんが、東京帝国大学附属図書館ネタを投入している→「北原放二」 そこに挙がっている北原放二(本名・加藤素治)司書の同僚について、私の過去のエントリーをまとめると、次のとおりである。増田については、その後、書物蔵「屠れ米英われら…

上海日本近代科学図書館の松井松次

水島治男『改造社の時代 戦中編』に、上海日本近代科学図書館の松井松次が出てきた。『改造』昭和12年10月号に「上海籠城日記」を書いた大和太郎という人物について、 戦争は長引くという。そこで上海在留邦人の生命をまもるため、軍務に関係のない非戦闘員…

慶應義塾図書館の国分剛二と森銑三

慶應義塾図書館の国分剛二については、「慶應義塾の“図書館内乱”」(2007年2月22日)と「慶應義塾図書館の国分剛二と三田村鳶魚」(2007年3月24日)で言及したところである。森清の「日本十進分類法」に対する批判を執拗に繰返し、図書館界にも名を知られて…

赤堀又次郎と田中稲城

「書物蔵」氏が言及している赤堀又次郎という人物は、わしも「2008年10月29日」に三田村鳶魚と交遊のあった一人として言及していた。そのほか、どこかで見たと思っていたら、市島春城の日記であった。更に、森銑三『明治人物夜話』所収の「斎藤精輔氏の自伝…

瀬戸内寂聴の夫だった酒井悌国会図書館副館長

高見順の日記に、 昭和38年4月3日 上野図書館長が瀬戸内晴美さんのもとの亭主だったと言う。彼女から妻が聞いたと言う。この人は私の印象では、実にいい人だった。 とある。この頃の国会図書館支部上野図書館長は、酒井悌である。酒井の経歴を『図書館関係専…

元東京帝国大学附属図書館職員の女優荒木道子

相良守峯の自伝『茫々わが歳月』によると、 昭和二十八年 翌二十三日は(略)大阪舞踏会館に案内されたが、ちょうど公演にきていた文学座の荒木道子さんを佐藤(晃一)君が呼んできて酒席を共にする。この両人はむかし東大図書館で一緒に勤めたことがあり、…

高橋徳太郎の国会図書館調査及び立法考査局時代

誰ぞが昔いたのかいなかったのか知らないが、永田山の大きすぎる図書館の創立期から職員となり、法令議会資料課長、総務部長などを歴任し、ナンバー2にまでなった高橋徳三郎(1923−1997)という人がいる。日本図書館協会理事長も務めた人なので、館界では多…

岡崎市立図書館長中村和之雄

昨年、岡崎市立図書館である事件*1が起きたが、戦前にもちょっとした事件があった。 昭和18年から同図書館に勤務した福岡寿一の『風塵録』(武蔵野書房、1990年4月)によると、 「罪 万死に値いす」 館長の中村和之雄という人物のことは、以前「ある奇人伝」…

親切すぎる板垣一二三満鉄営口図書館長

宋斗会『満州国遺民 ある在日朝鮮人の呟き』(風媒社、2003年6月)に、板垣なる満鉄の図書館長が出てくる。 営口の新市街には、満鉄の図書館があった。田舎の町だからそんなに大きなものではなかったが、その図書館の館長であった板垣さんという人が、どうし…

興亜院時代の志智嘉九郎と呉清源・小田秀人の世界紅卍字会訪問

呉清源『以文会友』に、呉と小田秀人の世界紅卍字会訪問が詳しく書かれていた。 第五局が始まる前の昭和十七年三月初め、私は小田秀人さんとともに、宗教上の用事でおよそ二か月にわたり、中国大陸と朝鮮を旅行した。旅行のおもな目的は大陸の紅卍を訪問し、…

青年図書館員聯盟会員ぐろりあ・そさえての伊藤孝次

『青年図書館員聯盟会報』第4及5号、昭和3年9月の「新入会者名簿」に、「伊藤孝次 ぐろりあそさえて[神戸市前町18番]」とある。また、昭和5年11月の同聯盟会員名簿*1では、孝次の連絡先は「ぐろりあそさえて(京都市中京区河原町通三條南、蓬莱相互館)」に…

野波静雄と下中弥三郎

2006年2月21日に言及した旅順図書館と下中弥三郎だが、旅順図書館ではなく、大正7年に関東都督府博物館(のちの旅順博物館)分館に設置された図書閲覧場ではないかという気もしてきた。まず『下中弥三郎事典』の「旅順図書館」の項を再掲すると、 大正七年(…

大日本帝国にBUNSOKU!(その2)

いきなり(その2)から始まるが、(その1)は畏友の書物蔵氏が『文献継承』17号(金沢文圃閣、2010年11月)に書いているから、詳しくはそれを、とりあえずは「書物蔵2008年3月10日」を見てちょ。戦前、藤山工業図書館という私立の専門図書館があった。昭和…

戦場移動図書館

『本邦の図書館界(十三)』(岡山中央図書館)によると、 戦場移動図書館 戦地にゐる将兵の無聊を慰め、又インテリ出身者の文化的欲求を満すため、北支と上海の全戦線に亘つて移動的な戦場図書館を設置すべしとの計画が文部省成人教育課から発案され、目下…

東京図書館主幹手島精一

古本合戦への祝辞、じゃなかった、ちょっこし図書館ネタ。東京図書館主幹としての手島精一を『小中村清矩日記』に発見。 明治20年12月21日 ○図書館主幹手島精一氏より同館季報(廿年七月より九月ニ至)恵送。 『東京図書館季報』はこの月に創刊。誰ぞも持っ…

柳田國男に群がる図書館人(その2)

再び、「ジュンク堂書店日記」から引用させてもらおう。 多少好評(?)だった柳田國男の『炭焼日記』に見るズショカンインの話の第二弾。 1 大西伍一(後の府中市立図書館長) (昭和20年) 3月 9日 大西伍一君来、「村のすがた」一そろひを托し、片山…