神保町系オタオタ日記

自称「人間グーグル」

スメラ学塾

松尾尊兊先生と『スメラ学塾講座』

松尾尊兊先生は、戦前、県立鳥取第一中学校に在学中、学徒動員により興亜工業という軍需会社に配属されていた。当時の日記が、「戦中工場学徒動員日記」として、『鳥取地域史研究』10号、2008年2月に掲載されている。 昭和20年7月21日 帰宅後、赤飯を持って…

磯崎新先生、わしのブログを見てちょ。

ほよよ、磯崎新先生もスメラ学塾に注目してた。 坂倉準三特集をした『住宅建築』7月号に書かれた「坂倉準三の居場所2」で、1937年4月毎日新聞主催で開かれた仏・日知識人の座談会に坂倉とともに出席した日本人出席者として、当時パリに遊学していた井上清一…

石川公彌子『<弱さ>と<抵抗>の近代国学 戦時下の柳田國男、保田與重郎、折口信夫』とスメラ学塾

今年も出ました、スメラ学塾に言及した文献が。講談社選書メチエの石川公彌子『<弱さ>と<抵抗>の近代国学 戦時下の柳田國男、保田與重郎、折口信夫』がそれ。森田朋子論文*1に依拠している。目新しい内容としては、保田が「言霊私観」でスメラ学塾を批判…

報知新聞社員にして時代小説家だった片岡貢

片岡貢の経歴が判明した。『大衆文学大系29』(講談社、昭和48年9月)所収の時代小説「小栗主従」(初出は『新青年』昭和16年10月号)の著者片岡貢の略歴として、 片岡貢 明治三十六年(一九〇三)十二月一日、静岡市に生まれた。早稲田実業卒。昭和初年に報…

報知新聞南方調査会

片岡貢の南方調査会について、正体が判明した。『全国国家主義団体一覧 昭和16年10月現在』の「興亜団体」の部に「報知新聞南方調査会」の記載がある*1。 報知新聞南方調査会 麹町区有楽町 報知内綱領目的 本会は亜細亜大陸の南部、太平洲・太平洋南方の諸嶋…

志賀直哉が見たシャルロット・ペリアン女史

シャルロット・ペリアン女史により自伝が刊行されていることは、太田泰人「ル・コルビジュジエ、ペリアン、坂倉準三」(『ル・コルビジュジエと日本』鹿島出版会、1999年3月)で言及されており、邦訳が期待されていたところである。この自伝が今般みすず書房…

セルパン・皇国地政学・ムー大陸

第一書房の『セルパン』は昭和6年5月創刊。岡書院の岡茂雄は『本屋風情』で 私はかつて新村出先生からどういう機会にであったか、物の名をつける時は、ラ行音と撥音とを組み合わせると語呂のいいのができるという風なお話を聞き、同業第一書房の月刊誌『セル…

上山草人と共に踊るスメラ学者井上芳郎

井上芳郎。明治21年生まれ、早稲田大学政治経済科専門部中退後、坪内逍遥主宰の文藝協会研究所第二期生となるも、病気で中退(『慶應義塾図書館史』による。2006年7月8日参照)。「資料翻刻文藝協会研究所日誌」*1に、その井上の名前があった。明治43年7月13…

まだまだあったスメラ学塾関係論文

スメラ学塾に言及した論文をまたまた発見! 谷口英理「「アジア復興 レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会」と戦時下の「レオナルド時代」」(『近代画説』12号、平成15年12月)がそれ。「レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会委員会」について、 委員会会長の末次信正…

市河彦太郎の『小さき芽』を酷評する川端康成

大正6年9月に一高分科乙類(英文)に入学したばかりの川端康成が、市河彦太郎の『小さき芽』を読んでいた。川端の日記*1によると、 大正6年12月25日 隣りの十五番室[に]誰かゞ置いて行つた「小さき芽」をだまつて借りて来たのだが今日読み了つた。昨夜細川さ…

ムー大陸の紹介者片岡貢司=片岡貢

幸田露伴の知人に、戦前ムー大陸を紹介した片岡貢司なる人物がいたことは2006年6月15日、同年11月4日、昨年11月13日に紹介したところである。この人らしき人物が斎藤茂吉の日記に出ていた。 昭和19年10月31日 ○露伴先生ニ招ガレ晩餐、(内田誠一明治製菓株式…

ひょっとしてこれも市河彦太郎?

岸田劉生の日記*1に若き日の外交官市河彦太郎らしき人物が出てくる。 大正11年6月28日 今日夕方から改造社に精養軒を招ばれてゐる。(略)改造社の招待は余一人かと思つたら改造社へ寄稿する人たちの会で少し閉口する。永井潜だの、末弘厳太郎だの、玉つき?…

市河彦太郎とシカゴ

誰ぞが戦前の外交官市河彦太郎の写真をアップしてくれたので、わしもとっておいた市河ネタを投入。 昭和2年3月11日付け林達夫の谷川徹三宛書簡に「市河氏に丸善で会ひました。日英商業会話の本棚のところで。シカゴへ行くさうです」とある。最初「市河氏」は…

市河彦太郎が蒔いたたんぽぽ文庫

後に読書運動にかかわる市河彦太郎。中学校時代、芹沢光治良ら文学好きの仲間と『たんぽぽ』という同人誌を作っていた。命名は市河で、作品は作者の精神の胞子のようなもので、読者の所へ飛んで行き、その心に作者の精神の種子を蒔くことから、名付けたとい…

『心』とクラブ関東の小島威彦

小谷野敦氏の里見本に、安倍能成を中心として組織された生成会が、平凡社を版元として昭和23年7月に創刊した雑誌『心』が出てくる。それで思い出したのだが、小島威彦が事務局長を務めたクラブ関東から『心』に資金援助されていたことが、野上彌生子の日記に…

スメラ学塾ブーム来るか

今年スメラ学塾について言及していた文献 ・昆野伸幸『近代日本の国体論 <皇国史観再考>』(ぺりかん社、2008年1月)・・・ただし、スメラ学塾に言及した箇所は、「吉田三郎の<皇国史観>批判」『日本思想研究33号』、2001年3月を再構成したもの。 ・長谷…

総合雑誌『いのち』に注目

「書物蔵」さんも読んだという井上義和『日本主義と東京大学』(柏書房,2008.7)。小田村寅二郎が東大を追われることとなる事件の発端となった寄稿は、光明思想普及会(成長の家)から発行された『いのち』昭和13年9月号掲載の「東大法学部に於ける講義と学…

 大野晋とスメラ

大野晋『日本語をさかのぼる』(岩波新書、1974年11月)によると、 日本語のスメラ、スメロは、最高の神である天皇、または皇祖神を指す形容語となっている。しかし、これがアルタイ諸民族の中の、「世界の山」を指すsumerと語形が全く一致することを偶然と…

 藤澤親雄と大日本言論報国会

『日本文学報国会大日本言論報国会設立関係書類 下巻』所収の「昭和十九年度社団法人大日本言論報国会関係綴」を見てたら藤澤親雄の名前を発見。昭和19年3月29日、麹町区三年町社会事業会館で開催された会員研究会(外務省事務官牛場信彦*1による「独逸の必…

市河彦太郎と南洋経済懇談会

市河彦太郎の名前を『昭和・アジア主義の実像 帝国日本と台湾・「南洋」・「南支那」』(ミネルヴァ書房、2007年12月)で発見。同書所収の河原林直人「南洋協会と南進政策 南洋経済懇談会に観る利害関係」で、1939年9月14日〜17日開催の南洋協会主催「南洋経…

『没収指定図書総目録』で楽しむ

西尾幹二『GHQ焚書図書開封 米占領軍に消された戦前の日本』(徳間書店)。タイトルから予想した内容にかかわる部分が、目次をみると第1章だけと思い、読みもせずに、「買わない方がいいかも」と言ってしまった。 しかし、パラパラ見てみると、多少面白いこ…

由良哲次と小島威彦

由良君美の父哲次は昭和2年京都帝国大学文学部哲学科卒、スメラ学塾の小島威彦は翌年同科卒。共に西田幾多郎の門下生である。西田の日記を見てみよう。 昭和9年3月6日 小島[威彦]来る 由良[哲次]来る 木村道子来る 10年9月8日 小島、仲小路、由本(商大)、…

市河彦太郎と阿部次郎

阿部次郎の日記になぜか、市河彦太郎が登場。 大正7年1月24日 日暮市河彦太郎その二友を伴ひて来訪、賑かな空想を話して帰る 3月20日 仕方がないので市河の「小さい[ママ]芽」を百頁ばかりよむ。 8年4月29日 晴天、午前午後目白行、二三人の相談を受け、市川…

堀一郎と偽史運動(その4)

助手のウェルス女史から日本にキリスト渡来伝説があることを聞いたチャーチワードが、その話を自著の何年の版から導入したのか、原書を確認する必要がある*1が、戦前チャーチワードの原書でその記述を見た人がいる。 久保木朝之助『イエスキリスト日本におけ…

スメラ学塾と日の御子文化

堀一郎の「「日の御子」の伝説」が掲載された『新若人』の前号に当たる昭和17年3月号に小島威彦も執筆している*1。 このアメリカが侵略せる太平洋は嘗てマヤ文化やインカ帝国の発展してゐた「陽の御子文化圏」と呼ばれてゐる地域であり、いはば日本の一分身…

 市河彦太郎の変節

新年早々スメラ学塾。昭和15年5月創設のスメラ学塾に講師として参加することになる市河彦太郎が、まだ文学青年の雰囲気を残していたと思われる頃の話。 野上弥生子の日記(『野上弥生子全集第2期第5巻』)によると、 昭和13年5月24日 六時半から帝国ホテルで…

堀一郎と偽史運動(その3)

『新若人』は戦前発行された国粋雑誌だから、堀一郎が威勢のよいことを書くのはもっともなことだが、省略された部分も含め、竹内文献やムー大陸などのトンデモ系の話は残念ながら出てこない。 そこで、発想を変え、堀の蔵書目録を見てみた。『増補改訂 堀文…

堀一郎と偽史運動(その2)

戦前小島威彦らスメラ学塾のメンバーが盛んに著作活動の拠点としたのはアルスや欧文社(旺文社)であった。アルスにおいては、ナチス叢書や世界戦争文学全集を刊行している。藤澤親雄『戦時下のナチス獨逸』(アルス、昭和16年1月)の巻末には、ナチス叢書と…

 堀一郎と偽史運動(その1)

そろそろスメラ学塾ネタや偽史運動ネタをせい、という声が聞こえる(笑)ような気がするので、久しぶりに話題に。 柳田國男と偽史運動の関係については、大塚英志先生が盛んに紹介しているのだが、偽史運動との関わりで言えば、むしろ柳田の三女三千の婿、堀…

小説中の市河彦太郎

芹沢光治良は、市河彦太郎と同郷(現在の沼津市)の出身にして幼馴染であった。そのため芹沢の自伝的小説『人間の運命』には、市河やその弟妹が頻出している。 石田は知らない間に、文化事業部の第三課長に栄転していた。前任者は詩人で、日本ペン倶楽部の世…