ようやく「分離派建築会」に言及した日記を発見。大正教養主義のシンボルとも言うべき『三太郎の日記』の著者阿部次郎の日記である。 (大正九年) 七月十日(土) 今日朝から午後にかけて太陽の論文をかきしが日暮より又ぐれてしまひ、文章規範をひろひ読みして漢…
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