結城禮一郎の玄文社だが、関東大震災後の状況が岡本綺堂の日記に出てくる。 大正12年10月4日 玄文社の小林徳二郎君がたづねてくる。小林君は浅草の自宅も焼失、玄文社も焼失、しかも同社は新家庭、新演芸、劇と評論、詩聖の四雑誌発行を一時休刊することにな…
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